・・・ すべての芸術は、広義の意味のヒュマニティに立脚している。知的分子もあるに相違ないが、情緒の加わらぬ芸術はない。此の意味に於て芸術は、常に永久性を持っているものである。芸術の与うる感じは愉悦の感じでなければならぬ。男性的のものゝ中にも女・・・ 小川未明 「若き姿の文芸」
・・・しかしこれらの特殊な目的で作られた映画でも、それが広義における芸術的価値のないものであれば、それは決してその目的を達することができない。そういう意味においてすべての種類の映画の制作はやはり広義における映画芸術の領域に属するものと思われるから・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・このおもしろさはもちろん物語の筋から来るのでもなく、哲学やイデオロギーからくるのでもなんでもなくて、全編の律動的な構成からくる広義の音楽的効果によるものと思われる。 この映画の視覚的要素で著しく目立ったライトモチーフと思われるものは、並・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 芸術としての文学と科学 文学も科学も結局は広義に解釈した「事実の記録」であり、その「予言」であるとすると、そういうものといわゆる「芸術」とが、どういう関係になるかという問題が起こらないわけにはゆかなくなる。換言すれ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・これについては現に理化学研究所平田理学士によって若干の実験的研究が進行しているが、これもやはり広義の拡散的漸進的現象に伴なう、不連続的あるいは局発現象であって、従来有りふれの単純な拡散の理論だけでは、間に合わない筋のものであろうと思われる。・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・ 新聞を最も必要と感ずる人の種類を考えてみると、それは、広義における投機者であり、また一種特別な意味でのブールジョアである。いい意味での善良な国民、穏和な意味でのプロレタリアは、実際めいめいのまじめな仕事に真剣に従事している限り、拙速主・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・ただそれが真であることによって、そこに間接な広義の美が現われるように思う。科学の目的もただ「真」である。そして科学者にとってはそれが同時に「美」であり得る。 漫画が実物に似ていないにかかわらず真の表現であるという事は、科学上の真というも・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・順序は矛盾しましたが、広義の教育、殊に、徳育とそれから文学の方面殊に、小説戯曲との関係連絡の状態についてお話致します。日本における教育を昔と今とに区別して相比較するに、昔の教育は、一種の理想を立て、その理想を是非実現しようとする教育である。・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・行動主義文学は、発生の根源に於て広義には純文学の血脈をひいたものであり、その意味で当面の文壇的利害に制せられる多くの要素を含んでいた。同時に他の一面では「ひかげの花」に文学的反撥を示したその前進的な方向がおのずから語っているようにプロレタリ・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 若し名をつけられるなら、それは、神という言葉の広義な場合が適当であろう。自分が、努力し、自分の力でその力のうちに、滲透して行きさえすれば、どこまでも拒むことなく入れてはくれる。けれども、自分が死ぬべきときがくれば、その同じ力は、自分を・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫