・・・鳥か、獣か、それともやっぱり土蜘蛛の類かと、訪ねると、……その頃六十ばかりだった織次の祖母さんが、「あれはの、二股坂の庄屋殿じゃ。」といった。 この二股坂と言うのは、山奥で、可怪い伝説が少くない。それを越すと隣国への近路ながら、人界・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・小やすみの庄屋が、殿様の歌人なのを知って、家に持伝えた人麿の木像を献じた。お覚えのめでたさ、その御機嫌の段いうまでもない――帰途に、身が領分に口寄の巫女があると聞く、いまだ試みた事がない。それへ案内をせよ。太守は人麿の声を聞こうとしたのであ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 村入りの雁股と申す処に(代官婆という、庄屋のお婆さんと言えば、まだしおらしく聞こえますが、代官婆。……渾名で分かりますくらいおそろしく権柄な、家の系図を鼻に掛けて、俺が家はむかし代官だぞよ、と二言めには、たつみ上がりになりますので。そ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・政治家肌がこういう傾向になったのもまた間接に伊井公侯の文明尊重に負うているので、当時の政界の領袖は朝野を通じて皆文芸的理解に富んでいた。庄屋様上りの百姓政治家は帝都の中央では対手にされなかった。 由来革命の鍵はイツデモ門外漢の手に握られ・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ ところが、ひとり、庄屋の娘で、楓というのが、歌のたしなみがあって、返歌をしたのが切っ掛けで、やがてねんごろめいて、今宵の氏神詣りにも、佐助は楓を連れ出していたのだ。 それだけに、悪口祭の「佐助どんのアバタ面」云々の一言は一層こたえ・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・「ふむ。そりゃ、まあえいが、中学校を上ったって、えらい者になれやせんぜ。」「うちの源さん、まだ上へやる云いよらあの。」「ふむ。」と、叔父は、暫らく頭を傾けていた。「庄屋の旦那が、貧乏人が子供を市の学校へやるんをどえらい嫌うと・・・ 黒島伝治 「電報」
仙術太郎 むかし津軽の国、神梛木村に鍬形惣助という庄屋がいた。四十九歳で、はじめて一子を得た。男の子であった。太郎と名づけた。生れるとすぐ大きいあくびをした。惣助はそのあくびの大きすぎるのを気に病み、祝・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・詳しいことは忘れたが、何でも庄屋になる人と猟師(加八になる人の外に、狸や猪や熊や色々の動物になる人を籤引きできめる。そこで庄屋になった人が「カアチ/\鉄砲打て」と命ずると、「カアチ」になった子が「何を打ちましょう」と聞く。そこで庄屋殿が例え・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・何でもあの名主なんかいうものは庄屋と同じくゴタゴタして、収入などもかなりあったものとみえる。ちょうど、今、あの交番――喜久井町を降りてきた所に――の向かいに小倉屋という、それ高田馬場の敵討の堀部武庸かね、あの男が、あすこで酒を立ち飲みをした・・・ 夏目漱石 「僕の昔」
・・・ 独身で勤め人の小枝子が加わると、話題もおのずからひろがって、三人の女は手や足先を動かしながら、その後援会に二人が加わっている女優の演じた田舎の庄屋のおかみさんが粋すぎたなどという話も出た。仕上げミシンの急所のところで、多喜子が、「・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
出典:青空文庫