・・・男は三十五六の若紳士、女は庇髪の二十二三としか見えざる若づくり、大友は一目見て非常に驚いた。 足早に橋を渡って、「お正さんお正さん。彼れです。彼の女です!」「まア、彼の人ですか!」とお正も吃驚して見送る。「如何して又、こんな・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 今日もそこに来て耳をてたが、電車の来たような気勢もないので、同じ歩調ですたすたと歩いていったが、高い線路に突き当たって曲がる角で、ふと栗梅の縮緬の羽織をぞろりと着た恰好の好い庇髪の女の後ろ姿を見た。鶯色のリボン、繻珍の鼻緒、おろし立て・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・女学生のでこでこした庇髪が赤ちゃけて、油についた塵が二目と見られぬほどきたならしい。一同黙っていずれも唇を半開きにしたまま遣り場のない目で互に顔を見合わしている。伏目になって、いろいろの下駄や靴の先が並んだ乗客の足元を見ているものもある。何・・・ 永井荷風 「深川の唄」
出典:青空文庫