・・・まさか死後その写真が、どこの店頭にも飾られる事を、――」 少将はほとんど、憤然と、青年の言葉を遮った。「それは酷だ。閣下はそんな俗人じゃない。徹頭徹尾至誠の人だ。」 しかし青年は不相変、顔色も声も落着いていた。「無論俗人じゃ・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・若い者は一寸誘惑を感じたが気を取直して、「困るでねえか、そうした事店頭でおっ広げて」というと、「困ったら積荷こと探して来う」と仁右衛門は取り合わなかった。 昼になっても荷の回送はなかった。仁右衛門は自分からいい出しながら・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・下の大きな、顴骨の高い、耳と額との勝れて小さい、譬えて見れば、古道具屋の店頭の様な感じのする、調和の外ずれた面構えであるが、それが不思議にも一種の吸引力を持って居る。 丁度私が其の不調和なヤコフ・イリイッチの面構えから眼を外らして、手近・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・――末娘で可愛いお桂ちゃんに、小遣の出振りが面白い……小買ものや、芝居へ出かけに、お母さんが店頭に、多人数立働く小僧中僧若衆たちに、気は配っても見ないふりで、くくり頤の福々しいのに、円々とした両肱の頬杖で、薄眠りをしている、一段高い帳場の前・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・ と遠慮らしく店頭の戸を敲く。 天窓の上でガッタリ音して、「何んじゃ。」 と言う太い声。箱のような仕切戸から、眉の迫った、頬の膨れた、への字の口して、小鼻の筋から頤へかけて、べたりと薄髯の生えた、四角な顔を出したのは古本屋の・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ そして坊さんが言うのに、まず見た処この拇指に、どの位な働きがあると思わっしゃる、たとえば店頭で小僧どもが、がやがや騒いでいる処へ、来たよといって拇指を出して御覧なさい、ぴったりと静りましょう、また若い人にちょっと小指を見せたらどうであ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 胸、肩を揃えて、ひしと詰込んだ一列の乗客に隠れて、内証で前へ乗出しても、もう女の爪先も見えなかったが、一目見られた瞳の力は、刻み込まれたか、と鮮麗に胸に描かれて、白木屋の店頭に、つつじが急流に燃ゆるような友染の長襦袢のかかったのも、そ・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・軽焼が疱瘡痲疹の病人向きとして珍重されるので、疱瘡痲疹の呪いとなってる張子の赤い木兎や赤い達磨を一緒に売出した。店頭には四尺ばかりの大きな赤達磨を飾りつけて目標とした。 その頃は医術も衛生思想も幼稚であったから、疱瘡や痲疹は人力の及び難・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・本郷の永盛の店頭に軍服姿の鴎外を能く見掛けるという噂を聞いた事もある。その頃偶っと或る会で落合った時、あたかも私が手に入れた貞享の江戸図の咄をすると、そんな珍本は集めないよ、僕のは安い本ばかりだと、暗に珍本無用論を臭わした。が、その口の端か・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・すると、その家は堅く閉まって、店頭に売り家の札がはってありました。独り、高く時計台は青く空に突っ立って、初秋の星の光が冷たくガラスにさえかえっていました。 小川未明 「青い時計台」
出典:青空文庫