・・・ついに貴重な紙を、どっさり汚して印刷され、私の愚作は天が下かくれも無きものとして店頭にさらされる。批評家は之を読んで嘲笑し、読者は呆れる。愚作家その襤褸の上に、更に一篇の醜作を附加し得た、というわけである。へまより出でて、へまに入るとは、ま・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・その証拠には、街頭を歩いているラッパズボンのボーイらが店頭からもれ出るジャズレコードの音を聞けば必ず安物の器械人形のように踊りだす。それだからこれは野蛮民の戦争踊りが野蛮民に訴えると同じ意味において最高の芸術でなければならないのである。これ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・でも、これだけの程度にでもちゃんとしたものがわが国の本屋の店頭にあるかどうか、もし見つかったかたがあったらどうかごめんどうでもちょっとお知らせを願いたい。 ついでながら見本としてこの絵本の第一ページの文句だけを紹介する。発音は自己流でい・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・ 六 司馬江漢の随筆というのを古本屋の店頭で見つけたので、買って来て読んでみた。こういう書物は縁のない方であるが、何か理化学方面に関する掘出物でもあるかと思ったからである。 春信の贋物をかいたという事で評・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 戦争中にも銀座千疋屋の店頭には時節に従って花のある盆栽が並べられた。また年末には夜店に梅の鉢物が並べられ、市中諸処の縁日にも必ず植木屋が出ていた。これを見て或人はわたしの説を駁して、現代の人が祖国の花木に対して冷淡になっているはずはな・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ 二三年前初夏の一日、神田五軒町通の一古書肆の店頭を過ぎて、偶然高橋松莚、池田大伍の二君に邂逅した。わたくしは行先の当てもなく漫然散策していた途上であった。二君はこの日午前より劇場に在って演劇の稽古の思いの外早く終ったところから、相携え・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・新聞には三千五百円の句集ということが話題にされているけれども、この間の晩、三省堂の店頭に据えられたマイクは、あんなに書籍払底を訴えていた。それを訴える声々は、どれもみんな若かった。その声よりも稚い国民学校の子供たち、絵本のほしい子供たち、そ・・・ 宮本百合子 「豪華版」
・・・その後自動車でのぼり二十分ばかり来ると、桜並木のところに、店頭にお菓子を並べてタバコの赤いかんばんが出ている、そこがせきやです。部屋からは、その桜並木、むこうの杉山、目の前には杉、桜、楓など。お湯はおだやかな性質で、よくあたたまります。ウス・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・本屋の店頭には、割合お粗末なのがどんどん並べられているが、友達はそれをもらわないというようなのも現代風景です。 今日は一時間程本棚をいじりましたが、私達の本も文学史の勉強の為には、もう決して手離せない様なものだけになりましたね。大人の本・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 馭者は宿場の横の饅頭屋の店頭で、将棋を三番さして負け通した。「何に? 文句をいうな。もう一番じゃ。」 すると、廂を脱れた日の光は、彼の腰から、円い荷物のような猫背の上へ乗りかかって来た。 三 宿場の・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫