・・・「へええ、ひどくまた度胸が好いな。」「度胸が好い訳じゃないんです。私の国の人間は、――」 お蓮は考え深そうに、長火鉢の炭火へ眼を落した。「私の国の人間は、みんな諦めが好いんです。」「じゃお前は焼かないと云う訳か?」 ・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・そこで私もしまいには、すっかり度胸が据ってしまって、だんだん早くなるランプの運動を、眼も離さず眺めていました。 また実際ランプの蓋が風を起して廻る中に、黄いろい焔がたった一つ、瞬きもせずにともっているのは、何とも言えず美しい、不思議な見・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・て落ちた、鬢の毛を、焦ったそうに、背へ投げて掻上げつつ、「この髪をむしりたくなるような思いをさせられるに極ってるけれど、東京へ来たら、生意気らしい、気の大きくなった上、二寸切られるつもりになって、度胸を極めて、伯母さんには内証ですがね、・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ 婆さんは手を揃えて横の方で軽く払き、「刎上りますようなのに控え込んで、どうまた度胸が据りましたものか澄しております処へ、ばらばらと貴方、四五人入っておいでなすったのが、その沢井様の奥様の御同勢でございまして。 いきなり卓子の上・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 私が弱いもんだから、身体も度胸もずばぬけて強そうな、あの人をたよりにして、こんな身裁になったけれど、……そんな相談をされてからはね……その上に、この眉毛を見てからは……」 と、お千は密と宗吉の肩を撫でた。「つくづく、あんな人が・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・人殺よりなおひどい、と思うほどの度胸のある婦人でないか。しっかりとしろ! うむ、お貞。」 お貞は屹と顔を上げて、「はい、決して申訳はいたしません。」 といと潔よく言放てる、両の瞳の曇は晴れつ。旭光一射霜を払いて、水仙たちまち凜と・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・駅前の俥は便らないで、洋傘で寂しく凌いで、鴨居の暗い檐づたいに、石ころ路を辿りながら、度胸は据えたぞ。――持って来い、蕎麦二膳。で、昨夜の饂飩は暗討ちだ――今宵の蕎麦は望むところだ。――旅のあわれを味わおうと、硝子張りの旅館一二軒を、わざと・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・空想はかなり大きく、談論は極めて鋭どかったが、率ざ問題にブツかろうとするとカラキシ舞台度胸がなくて、存外※咀思想がイツマデも抜け切らないで、二葉亭の行くべき新らしい世界に眼を閉ざさした。二葉亭は近代思想の聡明な理解者であったが、心の底から近・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・ところが、あの年は馬鹿にまた猟がなくて、これじゃとてもしようがないからというので、船長始め皆が相談の上、一番度胸を据えて露西亜の方へ密猟と出かけたんだ。すると、運の悪い時は悪いもので、コマンドルスキーというとこでバッタリ出合したのが向うの軍・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・九四歩は最初に蛸を食った度胸である。一四歩はその蛸の毒を知りつつ敢て再び食った度胸である。無論、後者の方が多くの自信を要する。なんという底ぬけの自信かと、私は驚いた。 けれども、その一四歩がさきの九四歩同様再び坂田の敗因となってみると、・・・ 織田作之助 「勝負師」
出典:青空文庫