・・・此、金持らしい有様の中で、仕事がすむとそおっと川の汀に出かけ、其処に座る、一人の小さい娘のいるのに、気が附いた者があったでしょうか? 私は知りません。けれども、此処で、周囲の自然は、スバーの言葉の足りなさを補い、彼女に代って物を云いました。・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・ スバーは、いつでもタマリンドの下に坐るのがきまりでした。プラタプは少し離れて、釣糸を垂れる。彼は檳榔子を少し持って来ました。スバーが、それを噛めるようにしてやる そうやって長いこと坐り、釣の有様を見ている時、彼女は、どんなにか、プ・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・前方の席に坐るならば、思うがままに答案を書けまいと懸念しているのだ。われは秀才らしく最前列の席に腰をおろし、少し指先をふるわせつつ煙草をふかした。われには机のしたで調べるノオトもなければ、互いに小声で相談し合うひとりの友人もないのである。・・・ 太宰治 「逆行」
・・・田島は、靴を脱ぎ、畳の比較的無難なところを選んで、外套のままあぐらをかいて坐る。「あなた、カラスミなんか、好きでしょう? 酒飲みだから。」「大好物だ。ここにあるのかい? ごちそうになろう。」「冗談じゃない。お出しなさい。」 ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・乗客多くて坐る余地もなければ入口に凭れて倒れんとする事幾度。公園裏にて下り小路を入れば人の往来織るがごとく、壮士芝居あれば娘手踊あり、軽業カッポレ浪花踊、評判の江川の玉乗りにタッタ三銭を惜しみたまわぬ方々に満たされて囃子の音ただ八ヶまし。猿・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・高い土塀と深い植込とに電車の響も自ずと遠い嵐のように軟げられてしまうこの家の茶室に、自分は折曲げて坐る足の痛さをも厭わず、幾度か湯のたぎる茶釜の調を聞きながら礼儀のない現代に対する反感を休めさせた。 建込んだ表通りの人家に遮ぎられて、す・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・聞くものは死せるエレーンと、艫に坐る翁のみ。翁は耳さえ借さぬ。ただ長き櫂をくぐらせてはくぐらする。思うに聾なるべし。 空は打ち返したる綿を厚く敷けるが如く重い。流を挟む左右の柳は、一本ごとに緑りをこめて濛々と烟る。娑婆と冥府の界に立ちて・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・食べに来るわけではなく、どういう考えか知らないが、白いものの上に坐るのである。腰かけるのかも知れない。それとも腹ばいになるのか。とにかく、船の上から軽く糸をあやつっていると、タコが来た気配は手にこたえる。そこで、サーッと引くと、タコはカギに・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・ 私は本の入ったかばんの上に座るのは一寸困りましたけれどもどうしてもそのお話を聞きたかったのでとうとうその通りしました。 すると蜂雀は話しました。「ペムペルとネリは毎日お父さんやお母さんたちの働くそばで遊んでいたよ〔以下原稿一枚・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・ そして芳子さんの前に坐ると、心から、「芳子さん、どうぞ勘弁して頂戴」と申しました。 学校で戴いた修業証書を見ていた芳子さんは、其の言葉と一緒に顔を上げました。「真個に――御免なさい、芳子さん、私、今まで沢山貴女にすまない事・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
出典:青空文庫