・・・そんなら、かれの場合、これは転向という言葉さえ許されない。廃残である。破産である。光栄の十字架ではなく、灰色の黙殺を受けたのである。ざまのよいものではなかった。幕切れの大見得切っても、いつまでも幕が降りずに、閉口している役者に似ていた。かれ・・・ 太宰治 「花燭」
・・・すべて廃残の身の上である。私には、そう思われて仕方がない。ここは東北農村の魔の門であると言われている。ここをくぐり、都会へ出て、めちゃめちゃに敗れて、再びここをくぐり、虫食われた肉体一つ持って、襤褸まとってふるさとへ帰る。それにきまっている・・・ 太宰治 「座興に非ず」
・・・国民学校の先生になるという事はもう、世の中の廃残者、失敗者、落伍者、変人、無能力者、そんなものでしか無い証拠だという事になっているんだ。僕たちは、乞食だ。先生という綽名を附けられて、からかわれている乞食だ。おい、奥田先生だって、やっぱり同じ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・謂わば、廃残の身である。三年ぶりに見る、ふるさとの山川が、骨身に徹する思いであった。「ねえ、伯父さん、おねがい。あたしは、これからおとなしくするんだから、おとなしくしなければならないのだから、あたしをあまり叱らないでね。まちのお友達とも・・・ 太宰治 「火の鳥」
出典:青空文庫