・・・が先日ここで落ちあった二人の話で見ると、石塔は建てたが遺稿は出来ないという事だ。本屋へ話したが引き受けるという者はなし、友達から醵金するといっても今石塔がやっと出来たばかりでまた金出してくれともいえず、来年の年忌にでもなったらまた工夫もつく・・・ 正岡子規 「墓」
・・・「ここに家建ててもいいかあ。」「ようし。」森は一ぺんにこたえました。 みんなはまた声をそろえてたずねました。「ここで火たいてもいいかあ。」「いいぞお。」森は一ぺんにこたえました。 みんなはまた叫びました。「すこし・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・彼女は東京に出て、墓地を埋めて建てた家を知らずに借りて住んだ。そこで二人目の子供を産んで半月立った或る夕方、茶の間に坐っていた女がいきなり亭主におこりつけた。「いやな人! 何故其那に蓮の花なんぞ買いこんで来たんだよ、縁起がわるい!」・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・あれを建てた緒方某は千住の旧家で、徳川将軍が鷹狩の時、千住で小休みをする度毎に、緒方の家が御用を承わることに極まっていた。花房の父があの家をがらくたと一しょに買い取った時、天井裏から長さ三尺ばかりの細長い箱が出た。蓋に御鋪物と書いてある。御・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・そしたら明日どこぞへ小屋建てよう、清溝の柿の木の横へでも、藁でちょっと建てりゃわけやないわして、半日で建つがな。」「それでもお前、十五六円やそこらかかろがな?」「その位はそりゃかかるわさ。そやけど瓦のかけらでもあろまいし、藁ばっかし・・・ 横光利一 「南北」
・・・しになって、今じゃ塀や築地の破れを蔦桂が漸く着物を着せてる位ですけれど、お城に続いてる古い森が大層広いのを幸いその後鹿や兎を沢山にお放しになって遊猟場に変えておしまいなさり、また最寄の小高見へ別荘をお建てになって、毎年秋の木の葉を鹿ががさつ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・濠に面して新しい高層建築が建てそろっている。ここがあの荒れ果てた三菱が原であった時分から思うと、全く隔世の感がある。しかし自分を驚かせたのはこの建て並んだ西洋建築ではない。これらはまことに平凡をきわめたものである。そうではなくしてこれらの建・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫