・・・トその時料理番が引っ込むと、やがて洗面所の水が、再び高く響いた。 またしても三条の水道が、残らず開け放しに流れている。おなじこと、たしない水である。あとで手を洗おうとする時は、きっと涸れるのだからと、またしても口金をしめておいたが。――・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・請ぜられるままお光は座に就いて、お互いに挨拶も済むと、娘は茶の支度にと引っ込む。「一昨日はどうも……御病人のおあんなさるとこへ長々と談し込んでしまいまして、さぞ御迷惑なさいましたでしょうねえ。どうでございますね? 御病人は」「どうも・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「田舎へ引っ込むのはね、社会から遠くなるのじゃなくて、自分らの虚栄から遠くなるのだ。という言葉があるよ。勉強のできるのは田舎だね。お前のように田舎にいて、さびしさと戦うのもいい修業じゃないか。」「しかし、僕はそれに耐えられるほど、まだほ・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・ その前の場面にもこの主人がマダムに氷を持って来いといって二階へ引っ込む場面がある。そのときマダムは「フン」といったような顔をして、まるで歯牙にかけないで、マニキュアを続けているのである。この場面が、あとの「氷をもって来い」でフラッシュ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
出典:青空文庫