・・・ 遠藤はこう言いながら、上衣の隠しに手を入れると、一挺のピストルを引き出しました。「この近所にいらっしゃりはしないか? 香港の警察署の調べた所じゃ、御嬢さんを攫ったのは、印度人らしいということだったが、――隠し立てをすると為にならん・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・おまけに一番悪いことはその人としてだけ考える時でもいつか僕自身に似ている点だけその人の中から引き出した上、勝手に好悪を定のみならずこの奥さんの気もちに、――S君の身もとを調べる気もちにある可笑しさを感じました。「Sさんは神経質でいらっし・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・家の者のいない隙に、手早く置手紙と形見の品物を取りまとめて机の引出しにしまった。クララの眼にはあとからあとから涙が湧き流れた。眼に触れるものは何から何までなつかしまれた。 一人の婢女を連れてクララは家を出た。コルソの通りには織るように人・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ おとうさんもおかあさんも僕がついそばにいるのに少しも気がつかないらしく、おかあさんは僕の名を呼びつづけながら、箪笥の引出しを一生懸命に尋ねていらっしゃるし、おとうさんは涙で曇る眼鏡を拭きながら、本棚の本を片端から取り出して見ていらっし・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・……しかも真中に、ズキリと庖丁目を入れた処が、パクリと赤黒い口を開いて、西施の腹の裂目を曝す…… 中から、ずるずると引出した、長々とある百腸を、巻かして、束ねて、ぬるぬると重ねて、白腸、黄腸と称えて売る。……あまつさえ、目の赤い親仁や、・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・(もとに立戻りて、また薄の中より、このたびは一領の天幕を引出し、卓子を蔽うて建廻す。三羽の烏、左右よりこれを手伝う。天幕の裡お楽みだわね。(天幕を背後にして正面に立つ。三羽の烏、その両方に彳 もう、すっかり日が暮れた。(時に、はじめてフ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・若い者共も二頭三頭と次々引出して来る。 人畜を挙げて避難する場合に臨んでも、なお濡るるを恐れておった卑怯者も、一度溝にはまって全身水に漬っては戦士が傷ついて血を見たにも等しいものか、ここに始めて精神の興奮絶頂に達し猛然たる勇気は四肢の節・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・吉弥はうるさそうに三味線をじゃんじゃん引き出した。「よせ、よせ!」と、三味線をひッたくったらしい。「じゃア、もう、帰って頂戴よ、何度も言う通り、貰いがかかっているんだから」「帰すなら、帰すようにするがいい」「どうしたらいいの・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ところが買って来たものの、屠殺の方法が判らんちゅう訳で、首の静脈を切れちゅう者もあれば眉間を棍棒で撲るとええちゅう訳で、夜更けの焼跡に引き出した件の牛を囲んで隣組一同が、そのウ、わいわい大騒ぎしている所へ、夜警の巡査が通り掛って一同をひっく・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 彼は手を附けたらば、手の汗でその快よい光りが曇り、すぐにも錆が附きやしないかと恐るるかのように、そうっと注意深く鑵を引出して、見惚れたように眺め廻した。……と彼は、ハッとした態で、あぶなく鑵を取落しそうにした。そして忽ち今までの嬉しげ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫