・・・…… 茂作もそれから十分ばかりの内に、とうとう息を引き取りました。麻利耶観音は約束通り、祖母の命のある間は、茂作を殺さずに置いたのです。 田代君はこう話し終ると、また陰鬱な眼を挙げて、じっと私の顔を眺めた。「どうです。あなた・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・自分はすぐに奈々子を引き取った。引き取りながらも、医者は何といった。坂部はいたかといえば、坂部は家にいてすぐくるといいましたと返事したのはだれだかわからなかった。 水にぬれた紙のごとく、とんと手ごたえがなく、頸も手も腰にも足にも、いささ・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・末子を引き取り、三郎を引き取りするうちに、目には見えなくても降り積もる雪のような重いものが、次第に深くこの私を埋めた。 しかし私はひとりで子供を養ってみているうちに、だんだん小さなものの方へ心をひかれるようになって行った。年若い時分・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ と橋田氏は引き取り、「とにかく壮烈なものでしたよ。私は見ていたんです。ミソ踏み眉山。吉右衛門の当り芸になりそうです。」「いや、芝居にはなりますまい。おミソの小道具がめんどうです。」 橋田氏は、その日、用事があるとかで、すぐ・・・ 太宰治 「眉山」
・・・十五年二月廿二日御当家御攻口にて、御幟を一番に入れ候時、銃丸左の股に中り、ようよう引き取り候。その時某四十五歳に候。手創平癒候て後、某は十六年に江戸詰仰つけられ候。 寛永十八年妙解院殿存じ寄らざる御病気にて、御父上に先立、御卒去遊ばされ・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・南のが引き取りゃそれでええんじゃ。」「お前とこ虫が湧きゃ、わしとこでも虫が湧くわ。」とお霜は云った。「勘が引受けよったんや。不足があるなら何処へでも抛り出しゃええ。俺とこはもう関係があるもんか。」「勘が引受けたって、勘はお前、お・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫