山吹つつじが盛だのに、その日の寒さは、俥の上で幾度も外套の袖をひしひしと引合せた。 夏草やつわものどもが、という芭蕉の碑が古塚の上に立って、そのうしろに藤原氏三代栄華の時、竜頭の船を泛べ、管絃の袖を飜し、みめよき女たち・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・ それにつけ彼につけましても時ならぬこの辺へ、旦那様のお立寄遊ばしたのを、私はお引合せと思いますが、飛んだ因縁だとおあきらめ下さいまして、どうぞ一番一言でも何とか力になりますよう、おっしゃっては下さいませんか。何しろ煩っておりますので、・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・黒繻子の襟のかかった縞の小袖に、ちっとすき切れのあるばかり、空色の絹のおなじ襟のかかった筒袖を、帯も見えないくらい引合せて、細りと着ていました。 その姿で手をつきました。ああ、うつくしい白い指、結立ての品のいい円髷の、情らしい柔順な髱の・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ と見ると、丸髷の女が、その緋縮緬の傍へ衝と寄って、いつか、肩ぬげつつ裏の辷った効性のない羽織を、上から引合せてやりながら、「さあ、来ました。」「自動車ですか。」 と目をみはったまま、緋縮緬の女はきょろんとしていた。・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
もとより何故という理はないので、墓石の倒れたのを引摺寄せて、二ツばかり重ねて台にした。 その上に乗って、雨戸の引合せの上の方を、ガタガタ動かして見たが、開きそうにもない。雨戸の中は、相州西鎌倉乱橋の妙長寺という、法華宗・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・ 勃然とした体で、島田の上で、握拳の両手を、一度打擲をするごとくふって見せて、むっとして男が行くので、はあはあ膝を摺らし、腰を引いて、背には波を打たしながら、身を蜿らせて、やっと立って、女は褄を引合せざまに振向くと、ちょっと小腰を屈めな・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・予は細君と合点してるが、初めてであるから岡村の引合せを待ってるけれど、岡村は暢気に済してる。細君は腰を半ば上りはなに掛けたなり、予に対して鄭嚀に挨拶を始めた、詞は判らないが改まった挨拶ぶりに、予もあわてて初対面の挨拶お定まりにやる。子供二人・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・と男もニッコリしたが、「何しろまあいいとこで出逢ったよ、やっぱり八幡様のお引合せとでも言うんだろう。実はね、横浜からこちらへ来るとすぐ佃へ行って、お光さんの元の家を訪ねたんだ。すると、とうにもうどこへか行ってしまって、隣近所でも分らないと言・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ところが、それから道の程を経て、京橋辺の道具屋に行くと、偶然といおうか天の引合せといおうか、たしかに前の鐙と同じ鐙が片方あった。ン、これが別れ別れて両方後家になっていたのだナ、しめた、これを買って、深草のを買って、両方合わせれば三十両、と早・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・一隊は三人で、先頭の看守がガチャン/\と扉を開けてゆくと、次の部長が独房の中を覗きこんで、点検簿と引き合せて、「六十三番」 と呼ぶ。 殿りの看守がそれをガチャン/\閉めて行く。 七時半になると「ごはんの用――意!」と、向う端・・・ 小林多喜二 「独房」
出典:青空文庫