・・・ 真蔵は自分の書斎に引込み、炭問題も一段落着いたので、お徳とお清は大急で夕御飯の仕度に取掛った。 お徳はお源がどんな顔をして現われるかと内々待ていたが、平常も夕方には必然水を汲みに来るのが姿も見せないので不思議に思っていた。 日・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・葭か蘆のような類のものに見えたが、そんなものなら平らに水を浮いて流れるはずだし、どうしても細い棒のようなものが、妙な調子でもって、ツイと出てはまた引込みます。何の必要があるではないが、合点が行きませぬから、 「吉や、どうもあすこの処に変・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ けばけばしいなりをして、眉毛を剃り落した青白い顔の女中が、あ、と首肯き、それから心得顔ににっと卑しく笑って引き込み、ほとんどそれと入れちがいに、とみが銘仙を着て玄関に現われた。男爵には、その銘仙にも気附かぬらしく、怒るような口調で言っ・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ 兄さんは、ぶっとふくれて隣りの六畳間に引込みました。 太宰治 「雪の夜の話」
・・・ 猫などは十一月に入ると大方は家に引込みがちである。この先生は十二月の末頃までは、雨が降って、吹雪がしても通わなければならない。 先生にとって最も苦痛な冬は草の色にも木の梢にもこの頃は明かに迫って来た。厚い外套と深靴、衿巻、耳掩を、・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・御者は往来のくぼみ、今は一台もいないタクシー溜りへ馬車を引込み、その辺を見廻してたがやがてのろくさ御者台を降り、広場の方へ去った。若い交通巡査を先に立て、馬車のところへ戻って来た。 日本女は馬車からこごんで巡査に事情を説明した。御者はわ・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
・・・ これからあと直に、徳蔵おじはお暇を願って、元と出た自分の国へ引込みました。徳蔵おじはモウ年が寄って、故郷を離れる事が出来ないので、七年という実に面白い気楽な生涯をそこで送り、極おだやかに往生を遂る時に、僕をよんで、これからは兼て望の通・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫