・・・さればお紺の婀娜も見ず、弥次郎兵衛が洒落もなき、初詣の思い出草。宿屋の硯を仮寝の床に、路の記の端に書き入れて、一寸御見に入れたりしを、正綴にした今度の新版、さあさあかわりました双六と、だませば小児衆も合点せず。伊勢は七度よいところ、いざ御案・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
一 木曾街道、奈良井の駅は、中央線起点、飯田町より一五八哩二、海抜三二〇〇尺、と言い出すより、膝栗毛を思う方が手っ取り早く行旅の情を催させる。 ここは弥次郎兵衛、喜多八が、とぼとぼと鳥居峠を越すと、日・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 忌々しいなあ、道中じゃ弥次郎兵衛もこれに弱ったっけ、耐ったものではないと、密と四辺をみまわしますると、塵一ッ葉も目を遮らぬこの間の内に床が一つ、草を銜えた神農様の像が一軸懸っておりまするので、小宮山は訳が解らず、何でもこれは気を落着け・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・さればまことに弥次郎兵衛の一本立の旅行にて、二本の足をうごかし、三本たらぬ智恵の毛を見聞を広くなすことの功徳にて補わむとする、ふざけたことなり。 十二日午前、田中某に一宴を餞せらるるまま、うごきもえせず飲み耽り、ひるいい終わりてたちいで・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
出典:青空文庫