・・・ 昼も夜もどっちで夢を見るのか解りませんような心持で、始終ふらふら致しておりましたが、お薬も戴きましたけれども、復ってからどうという張合がありませんから、弱りますのは体ばかり、日が経ちますと起きてるのが大儀でなりませんので、どこが痛むと・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・空腹なる人の未だ食事をとり得ない時の如く、痛く物足らぬ心の弱りに落ちつくことが出来ぬのである。 元気のない哀れな車夫が思い出される。此家の門を潜り入った時の寂しさが思い出される。それから予に不満を与えた岡村の仕振りが、一々胸に呼び返され・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・と、自分の児供を喪くした時でもこれほど落胆すまいと思うほどに弱り込んでいた。家庭の不幸でもあるなら悔みの言葉のいいようもあるが、犬では何と言って慰めて宜いか見当が付かないので、「犬なんてものは何処かへ行ってしまったと思うと、飛んでもない時分・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・したとは打って変った見窶らしい生活が意に満たないで、不満のある度に一々英国公使に訴え、公使がまた一々取次いで外相井侯に苦情を持込むので、テオドラ嬢の父は事毎に外相からの内諭で娘の意を嚮えるに汲々として弱り抜いていたが、欧化心酔の伊井公侯もこ・・・ 内田魯庵 「四十年前」
フットボールは、あまり坊ちゃんや、お嬢さんたちが、乱暴に取り扱いなさるので、弱りきっていました。どうせ、踏んだり、蹴ったりされるものではありましたけれども、すこしは、自分の身になって考えてみてくれてもいいと思ったのであります。 し・・・ 小川未明 「あるまりの一生」
・・・「忘れて弱り、忘れて助かるというわけかね」「しかし、これからはだめだ。探して出て来ても、旧円じゃ仕様がない」「みすみす反古とは、変なものだね。闇市で証紙を売っていたということだが、まさかこんな風に出て来た紙幣に貼るわけでもないだ・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・「とにかくまあ何も考えずに、田舎で静養してきたまえ、実際君の弱り方はひどいらしい。しかしそれもたんに健康なんかの問題でなくて、別なところ来てるのかもしれないが、しかしとにかく健康もよくないらしいから、できるだけ永くいて、十分静養してくる・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・そしてやっと医者を迎えた頃には、もうげっそり頬もこけてしまって、身動きもできなくなり、二三日のうちにははや褥瘡のようなものまでができかかって来るという弱り方であった。ある日はしきりに「こうっと」「こうっと」というようなことをほとんど一日言っ・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・「この頃はめっきりお弱りになって始終床にばかり就ていらっしゃるが、別に此処というて悪るい風にも見えねえだ。然し最早長くは有りますめえよ!」と倉蔵は歎息をした。「ふうん、そうかな、一度見舞に行きたいのだけれど……」と校長の声も様子も沈・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・そこで幾ら何でもちっとも釣れないので、吉公は弱りました。小潮の時なら知らんこと、いい潮に出ているのに、二日ともちっとも釣れないというのは、客はそれほどに思わないにしたところで、船頭に取っては面白くない。それも御客が、釣も出来ていれば人間も出・・・ 幸田露伴 「幻談」
出典:青空文庫