・・・ 自由思想家 自由思想家の弱点は自由思想家であることである。彼は到底狂信者のように獰猛に戦うことは出来ない。 宿命 宿命は後悔の子かも知れない。――或は後悔は宿命の子かも知れない。 彼の幸・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・時代の弱点を共有しているという事は、如何なる場合の如何なる意味に於ても、かつ如何なる人に取っても決して名誉ではない。 性急な心! その性急な心は、或は特に日本人に於て著るしい性癖の一つではあるまいか、と私は考える事もある。古い事を言えば・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・かの海老茶袴は、最もよくこれ等の弱点を曝露して居るものといわねばならぬ。 また同じ鼈甲を差して見ても、差手によって照が出ない。其の人の品なり、顔なりが大に与って力あるのである。 すべての色の取り合わせなり、それから、櫛なり簪なり、と・・・ 泉鏡花 「白い下地」
・・・が、この学問という点が緑雨の弱点であって、新知識を振廻すものがあると痛く癪に触るらしく、独逸語や拉丁語を知っていたって端唄の文句は解るまいと空嘯いて、「君、和田平の鰻を食った事があるかい?」などと敵を討ったもんだ。 緑雨の傑作は何といっ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ 曖昧に断りながら、ばつのわるい顔をもて余して、ふと女の顔を見ると、女は変に塩垂れて、にわかに皺がふえたような表情だった故、私はますます弱点を押さえられた男の位置に坐ってしまった。莫迦莫迦しいことだが、弁解しても始まらぬと、思った。男の・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・この弱点を救うには、髪の毛を耳のあたりまで房々と垂れるより仕方がない。そう思案した私は、実をいえば中学生の頃から髪の毛を伸ばしたかったのである。 しかし中学生の分際で髪の毛を伸ばすのは、口髭を生やすよりも困難であった。それ故私は高等学校・・・ 織田作之助 「髪」
・・・しかし現実の恋愛は実に多様な場合があり、陥りやすき人間の弱点があり、社会的不備から生ずる同情すべき散文的側面があり、必ずしも一概にはいえないさまざまの事情があるものである。 ことに私の上来のいましめはイデアリストに現実的心得を説くよりも・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・多年愛し合った男女が別れて後互いに弱点を暴露して公に争うが如きは醜き限りである。願わくば別離を経験したことによって、前にも書いたようにその感情の質が深くそして濡れてくるような別離をしたいものである。愛する者の別離は胎盤が子宮から離れるように・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・人間には、どんなところに罪が彼を待ち受けているか分らない。弱点を持っている者に、罪をなすりつけようと念がけている者があるのだ。彼は、それを思って恐ろしくなった。 二「財布を出して見ろ。」「はい。」「ほかに金・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・そしてそういう女の弱点がかなり辛辣にえぐられていた。龍介は自分自身の経験がもう一度そこに経験しなおされていることを感じた。 彼は歩きながら『黄金狂時代』はぜひ見に行こうと思った。彼がその通りを曲ったとき、ちょうどその角に五、六人の人が立・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
出典:青空文庫