・・・ 思えば、妻は健かでなければならぬという常識の中に、何と深く動かしがたく、家というものにおける女の歴史的な立場とでもいうようなものがほのめかされているだろう。極端な対比というかもしれないが、昔の奴隷市でも女奴隷は美しい上に必ず強壮でなけ・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・まして、いわんや、フランスがえりの梶なる男が、青畳の上にころがって官能的にこの世の力を悦びながら「南無、天知、物神、健かにましまし給え」と随喜する、その神々の健全なりし時代の日本的感情の中に於ておや。 梶は、日本人の今日の常識にとってさ・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・明治の啓蒙は福沢諭吉などの努力と貢献によって、人間の明るく健かな合理を愛する知性に向って、暗い封建とたたかうために指導された。しかしながら、ヨーロッパ風な宗教の重圧とはちがう日本の封建の重しはそのものとしてはなはだ複雑で、その埒からより広い・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
・・・すると、ふと、彼は初めて妻を見たときの、あの彼女のただ彼のみに赦されてあるかのような健かな笑顔を思い出した。彼は涙がにじんで来た。彼はソッと妻の上にかがみ込むと、花の匂いの中で彼女の額に接吻した。「お前は、俺があの汚い二階の紙屑の中に坐・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫