・・・ 猶お友の語るところに依れば、お露は美人ならねどもその眼に人を動かす力あふれ、小柄なれども強健なる体格を具え、島の若者多くは心ひそかにこれを得んものと互に争いいたるを、一度大河に少女の心移や、皆大河のためにこれを祝して敢て嫉もの無かりし・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・がまた私に指して呉れたのを見ると、黒ずんでしっかりとした幹や、細くても強健な姿を失わないあの枝は、まるでゴシック風の建築物に見る感じだ。おまけに冬の日をうけたの若葉には言うに言われぬ深いかがやきがあった。「冬」は私に言った。「お前は・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・異性の友情という、どことなし従来の婦人雑誌のトピック向きな空気の低迷した隅からぬけ出して、もっと心理が強健で、もっと持続性と自主性とをもった両性の友情がはぐくまれて行くことを、私たちは自分たちの生活の現実としての希望としているし、努力してい・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・ 其の一口に申せば生温るさに、満ち足りなかった男性の心は、此国の強健な肉体と、少くとも自己を主張し得る女性の「張り」に、甦ったような解放を感じずには居られないのでございます。弾力のある心、態度の快さに目の覚めるような鮮やかさを感じます。・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・は、ジャンルとしての違いがおのずから語っている形成の過程にこそ各々独自なものをもっているが、その根底となる感動、或は感受性というものは、それが人生と文芸とに対して何かの意味で積極なものを含んだ思意的な強健さであるということに於ては一つなのだ・・・ 宮本百合子 「地の塩文学の塩」
・・・ロシアの民衆にとって、行くべき道がまだはっきりと示されなかった時代の悲傷が遂に強健なゴーリキイをも害した。彼は書いている。「その時から私は自分をより悪く感じ、自分を何か脇の方から、冷たく、他人のような敵意をもった眼で眺めるようになった」と。・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・人間は目的を持って努力の生活をすれば、自ら身体は強健になり、蓄財も出来、老後は天命を楽しめるのである。「怒るな。働け」と。 今日の生活は、こういう単純な警告に対して、論争はせずに唯笑って過す程、女の社会性は複雑になって来ている。はっきり・・・ 宮本百合子 「私たちの社会生物学」
・・・ことに生死に対する無頓着はかえってこの創作家を強健ならしめたように見える。『明暗』を書いていた先生はある時「毎日すべったのころんだのとクダラない事を書いているのは、実際やり切れないね」と言った。実際こう感じる事もあったに相違ないだろう。しか・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
・・・実際強靭で、また虫に食われることのない強健な葉である。それに比べると、欅の葉は、欅が大木であるに似合わず小さい優しい形で、春芽をふくにも他の落葉樹よりあとから烟るような緑の色で現われて来、秋は他の落葉樹よりも先にあっさりと黄ばんだ葉を落とし・・・ 和辻哲郎 「松風の音」
出典:青空文庫