・・・その株屋は誰が何と言っても、いや、虎魚などの刺す訣はない、確かにあれは海蛇だと強情を張っていたとか言うことだった。「海蛇なんてほんとうにいるの?」 しかしその問に答えたのはたった一人海水帽をかぶった、背の高いHだった。「海蛇か?・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・ 母は彼の強情さ加減に驚嘆を交えた微笑を洩らした。が、どんなに説明しても、――いや、癇癪を起して彼の「浦島太郎」を引き裂いた後さえ、この疑う余地のない代赭色の海だけは信じなかった。……「海」の話はこれだけである。もっとも今日の保吉は話の・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ 小町 まだ強情を張るつもりなのですか? さあ、正直に白状しておしまいなさい。 使 実はあなたにはお気の毒ですが、…… 小町 そんなことだろうと思っていました。「お気の毒ですが、」どうしたのです? 使 あなたは小野の小町の代・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・ 犬はしばらく強情に、「一つ下さい」を繰り返した。しかし桃太郎は何といっても「半分やろう」を撤回しない。こうなればあらゆる商売のように、所詮持たぬものは持ったものの意志に服従するばかりである。犬もとうとう嘆息しながら、黍団子を半分貰う代・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・夫人 ……あとで強情られたって、それまでの事だわね。――では、約束をしたものだから、ほんとうに打ってよ。我慢をおし。人形使 堪えねえ、ちっとも堪えねえ。夫人 (鞭これでは――これでは――人形使 駄目だねえ。(寝ながら捻向これ・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・そうして見ると、女房の持っていた拳銃の最後の一弾が気まぐれに相手の体に中ろうと思って、とうとうその強情を張り通したものと見える。 女房は是非このまま抑留して置いて貰いたいと請求した。役場では、その決闘というものが正当な決闘であったなら、・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・「子供のくせに……」 と言いかけたが、巧い言葉が出ないので、紀代子は、「教護聯盟にいいますよ」 と、近ごろ校外の中等学生を取締っている役人を持ちだした。「いいなさい」「強情ね、いったい何の用」「用はない言うてまん・・・ 織田作之助 「雨」
・・・いまとなっては、いかな強情なお前も認めるだろうが、みなおれの力だった……。例えば、支店長募集のあの思いつきにしろ、新聞広告にしろ、たいていの智慧はみな此のおれの……。まあ、だんだんに、聴かせてやろう。 二 いつだ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・寄席を出るともう大ぶ更かったから、家まで送ってもらったが、駅から家まで八丁の、暗いさびしい道を肩を並べて歩きながら、私は強情にひとことも口を利かなかった。じつは恥かしいことだが、おなかが空いて、ペコペコだったのだ。あの人は私に夕飯をご馳走す・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ 自体拙者は気に入らないので、頻りと止めてみたが、もともと強情我慢な母親、妹は我儘者、母に甘やかされて育てられ、三絃まで仕込まれて自堕落者に首尾よく成りおおせた女。お前たちの厄介にさえならなければ可かろうとの挨拶で、頭から自分の注意は取・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
出典:青空文庫