・・・一度は一人残っていると強情を張りましたので、母だけ先に帰りましたが、私は日の暮れかかりに縁先に立っていますと、叔母の家は山に拠って高く築きあげてありますから山里の暮れゆくのが見下されるのです。西の空は夕日の余光が水のように冴えて、山々は薄墨・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・「おや、まだ強情に虚言をお吐きだよ。それほど分っているならなぜ禽はいいなあと云ったり、だけれどもネと云って後の言葉を云えなかったりするのだエ。」と追窮する。追窮されても窘まぬ源三は、「そりゃあただおいらあ、自由自在になっていたら・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・老人は胸の詰まっているような、強情らしい声で答えた。もっと大男の出しそうな声であった。「お前さんは息張っているから行けない。つい這入って行けば好いに。」「いやだ。それに己はまだ一マルク二十ペンニヒここに持っている。実は二マルク四十ペ・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・そうして見ると、女房の持っていた拳銃の最後の一弾が気まぐれに相手の体に中ろうと思って、とうとうその強情を張り通したものと見える。 女房は是非この儘抑留して置いて貰いたいと請求した。役場では、その決闘と云うものが正当な決闘であったなら、女・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・可愛がられ、わがままに育てられていますから、とても強情で、一度言い出したら、もう後へは引きません。婆さんは、王子を殺して塩漬けにするのを一晩だけ、がまんしてやろうと思いました。「よし、よし。おまえにあげるわよ。今晩は、おまえのお客様に、・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・とか「強情」とかを意味し、またそういう性情をもつ人をさしていう言葉である。この二老人はたぶん自分の郷里の人でだれか同郷の第三者のうわさ話をしながら、そういう適切な方言を使ったことと想像される。 それはなんでもないことであるが、私がこの方・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・先生は一面非常に強情なようでもあったが、また一面には実に素直に人の言う事を受けいれる好々爺らしいところもあった。それをいいことにして思い上がった失礼な批評などをしたのは済まなかったような気がする。いつかおおぜいで先生を引っぱって浅草へ行って・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・君は元来強情過ぎるよ」「そうでもないさ」「だって、今までただの一遍でも僕の云う事を聞いた事がないぜ」「幾度もあるよ」「なに一度もない」「昨日も聞いてるじゃないか。谷から上がってから、僕が登ろうと主張したのを、君が何でも下・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・これを折り合わせるためには社会の習慣を変えるか、肉体の感覚美を棄てるか、どっちかにしなければなりません、が両方共強情だから、収まりがつきにくいところを、無理に収まりをつけて、頓珍漢な一種の約束を作りました。その約束はこうであります。「肉体の・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・さすがに強情な僕も全く素人であるだけにこの実地論を聞いて半ば驚き半ば感心した。殊に日本画の横顔には正面から見たような目が画いてあるのだといわれて非常に驚いた。けれども形似は絵の巧拙に拘らぬという論でもってその驚きを打ち消してしもうた。その後・・・ 正岡子規 「画」
出典:青空文庫