・・・ カッフェープランタンの創設せられた当初、僕は一夕生田葵山井上唖々の二友と共に、有楽座の女優と新橋の妓とを伴って其のカッフェーに立寄った。入口に近いテーブルに冒険小説家の春浪さんが数人の男と酒を飲んでいたのを見たが、僕等は女連れであった・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ 学士会院が栄誉ある多数の学者中より今年はまず木村氏だけを選んで、他は年々順次に表彰するという意を当初から持っているのだと弁解するならば、木村氏を表彰すると同時に、その主意が一般に知れ渡るように取り計うのが学者の用意というものであろう。・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・もっとも私がこの和歌山へ参るようになったのは当初からの計画ではなかったのですが、私の方では近畿地方を所望したので社の方では和歌山をその中へ割り振ってくれたのです。御蔭で私もまだ見ない土地や名所などを捜る便宜を得ましたのは好都合です。そのつい・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・でないと出来上った六神丸の効き目が尠いだろうから、だが、――私はその階段を昇りながら考えつづけた――起死回生の霊薬なる六神丸が、その製造の当初に於て、その存在の最大にして且つ、唯一の理由なる生命の回復、或は持続を、平然と裏切って、却って之を・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ もしも維新の一挙、当初に失敗したらば、この輩はただ世の騒乱を好みて平安をいとう者とて、天下後世の評論を受け、あるいはその寃を訴うるによしなきを知るべからずといえども、偶然に今日の事実を見ればこそ、前年に乱を好みしは、その心事の本色に非・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・ 当初の考には、我が日本国の不文不明なるは教育のあまねからざるがためのみ、教育さえ行届けば文明富強は日を期していたすべし、との胸算にてありしが、さて今日にいたりて実際の模様を見るに、教育はなかなかよく行きとどきて字を知る者も多く、一芸一・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・尤もそれには無論下地があったので、いわば、子供の時から有る一種の芸術上の趣味が、露文学に依って油をさされて自然に発展して来たので、それと一方、志士肌の齎した慷慨熱――この二つの傾向が、当初のうちはどちらに傾くともなく、殆ど平行して進んでいた・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・ 工場内の文学研究会指導の任務は、五ヵ年計画第三年目当初において、従来に倍する重要な意味をもって、プロレタリア作家の前に現れたのである。 工場の文学研究会というところは、労働通信員を中心とする若いプロレタリア文学の交代者が、そこで文・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ゴーリキイをしてしかく人類的な光彩ある活動と、才能の満開とを可能ならしめた社会の文化的条件を想い、翻ってその招来のためにゴーリキイが作家的出発の当初から共に労して来た歴史の推進力との相互的関係に思い潜めて、それぞれの国における歴史と文化との・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・私は当初から原文を素直に読んで、その時の感じを直写しようと思っていたのである。三 ファウストの訳本は最初高橋五郎君のが出た。次いで私のを印刷しているうちに、町井正路君のが出た。どちらも第一部だけである。私は自分が訳してしまう・・・ 森鴎外 「不苦心談」
出典:青空文庫