・・・そうしていよいよ当日の講演会に出て講演したり討議したり、たとえ半日でもとにかく平生とは少しちがった緊張興奮の状態を持続したあとでは、全く「頭がかたくなった」といったような奇妙な心的状態に陥ってそれが容易には平常に復しないで困ることがある。今・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・遺憾ながらそのシガーの大きさや重量や当日の気温湿度気圧等の記載がない。この競技は速度最小という消極的なレコードをねらうところに一種特別の興味がある。できるだけのろく燃えるという事と、燃えない、すなわち消火するという事とは本質的にちがうのであ・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・初日の幕のあこうとする刻限、楽屋に行くと、その日は三社権現御祭礼の当日だったそうで、栄子はわたくしが二階の踊子部屋へ入るのを待ち、風呂敷に包んで持って来た強飯を竹の皮のまま、わたくしの前にひろげて、家のおっかさんが先生に上げてくれッていいま・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・さて当日の模様をざっと書いて見ると、酒の良いのを二升、そら豆の塩茄に胡瓜の香物を酒の肴に、干瓢の代りに山葵を入れた海苔巻を出した。菓子折を注文して、それを長屋の軒別に配った。兄弟分が御世話になりますからとの口上を述べに何某が鹿爪らしい顔で長・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・「ちょうど葬式の当日は雪がちらちら降って寒い日だったが、御経が済んでいよいよ棺を埋める段になると、御母さんが穴の傍へしゃがんだぎり動かない。雪が飛んで頭の上が斑になるから、僕が蝙蝠傘をさし懸けてやった」「それは感心だ、君にも似合わな・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・面倒を省くためにイブセンの泊っている宿屋で、帝国ホテル見たようなところで開くということになり、それでいよいよ当日になって丁度宜い時刻になったから、ブランデスはイブセンの室に行ってドアーをコツコツと叩いて、衣服の用意は出来たかと外から聞いたら・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・そして、忙しくて乏しい歳末の喧騒にまぎれて、この事件は忘れられ、今日、私たちは、その事件のおこった当日と大して変りない暴力的交通状態の下に暮しているのである。 新聞記事の出た前後、検事局の態度にあきたりない投書が、どっさりあった。この一・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・ 小説の冒頭には、ワシントン百年祭当日、アメリカの共産党によって指導された民衆の、中国から手をひけ、ソヴェト同盟を守れ、とスローガンをかかげた大衆的示威運動の光景が描かれ、チャーリー中野もそれに参加したと紹介されている。ニューヨークの反・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・それは殿様がお隠れになった当日から一昨日までに殉死した家臣が十余人あって、中にも一昨日は八人一時に切腹し、昨日も一人切腹したので、家中誰一人殉死のことを思わずにいるものはなかったからである。二羽の鷹はどういう手ぬかりで鷹匠衆の手を離れたか、・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・某申候は、武具と香木との相違は某若輩ながら心得居る、泰勝院殿の御代に、蒲生殿申され候は、細川家には結構なる御道具あまた有之由なれば拝見に罷出ずべしとの事なり、さて約束せられし当日に相成り、蒲生殿参られ候に、泰勝院殿は甲冑刀剣弓鎗の類を陳ねて・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
出典:青空文庫