・・・いずれは御両人とも年をとると、佐佐木君は頤に髯をはやし、小島君は総入れ歯をし、「どうも当節の青年は」などと話し合うことだろうと思います。そんな事を考えると、不愉快に日を暮らしながらも、ちょっと明るい心もちになります。・・・ 芥川竜之介 「剛才人と柔才人と」
・・・などと、話しかけても、「いや、もう、当節はから意気地がなくなりまして。」と、禿頭をなでながら、小さな体を一層小さくするばかりである。 それでも妙なもので、二段三段ときいてゆくうちに、「黒髪のみだれていまのものおもい」だの、「夜さこいと云・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・ あの容色で家の仇名にさえなった娘を、親身を突放したと思えば薄情でございますが、切ない中を当節柄、かえってお堅い潔白なことではございませんかね、旦那様。 漢方の先生だけに仕込んだ行儀もございます。ちょうど可い口があって住込みましたの・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・成たけ両方をゆっくり取るようにしておかないと、当節は喧しいんだからね。距離をその八尺ずつというお達しでさ、御承知でもございましょうがね。」「ですからなお恐入りますんで、」「そこにまたお目こぼしがあろうッてもんですよ、まあ、口明をなさ・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・それゆえ、あなたは表情さえ表現しようとする、当節誇るべき唯一のことと愚按いたします。あなたが御病気にもかかわらず酒をのみ煙草を吸っていると聞きました。それであなたは朝や夕べに手洗をつかうことも誇るがいいでしょう。そういう精神が涵養されなかっ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・然し当節のように何も彼も一概に綺麗なものや手数のかかったもの無益なものは相成らぬと申してしまった日には、鳳凰なんぞは卵を生む鶏じゃ御座いませんから、いくら出て来たくも出られなかろうじゃ御座いませんか。外のものは兎に角と致して日本一お江戸の名・・・ 太宰治 「三月三十日」
・・・「此道筋と云わんが如し」と幸田博士も言って居られたようであるが、それならば、「此筋」は「おらのほう」というような地理的な言葉になるが、私には、それよりも「おらたち」あるいは、「この程」「当節」というような漠然たる軽い言葉のように思われてなら・・・ 太宰治 「天狗」
・・・生れ落ちてから畳の上に両足を折曲げて育った揉れた身体にも、当節の流行とあれば、直立した国の人たちの着る洋服も臆面なく採用しよう。用があれば停電しがちの電車にも乗ろう。自動車にも乗ろう。園遊会にも行こう。浪花節も聞こう。女優の鞦韆も下からのぞ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・「当節の若い女性は中年紳士がお好き」という色ペンキで塗られたバラックのような風潮から、自分と自分の事件の本質を区別して、人間らしく生きようとしている人間として、社会人として責任の負える立場でつかんで、処してゆくために。文学ともいえない読物の・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
出典:青空文庫