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・・・ 風はなお吹きやまず、その人の帰って行く十町の道の寒さを私は想ったが、けれども哀れなその老訓導にはなお八千円の金はあり、私には五千円もないのかと思えば、貧乏同志形影相憐むとはいうものの、どちらが形か影かと苦笑された。そしてふと傍の新聞を・・・
織田作之助
「世相」
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・・・ 養子に離れ、娘にも妻にも取り残されて、今は形影相弔するばかりの主人は、他所目には一向悲しそうにも見えず、相変らず店の塵をはたいている。台所の方は近所の者などがかわるがわる世話をしているようであった。それから間もなく新しい女が店に坐るよ・・・
寺田寅彦
「やもり物語」