・・・将校は、穴や白樺や、兵卒の幾分輝かしい顔色を意識しつゝ、なお、それ等から離れて、ほかの形而上的な考えを追おうとしている様子が見えた。 小川を渡って、乾草の堆積のかげから、三人の憲兵に追い立てられて、老人がぼつ/\やって来た。頭を垂れ、沈・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・もちろん形而下の変化はありますけれども、形而上の気質に於いて、この都会は相変らずです。馬鹿は死ななきゃ、なおらないというような感じです。もう少し、変ってくれてもよい、いや、変るべきだとさえ思われました。」 と私は田舎の或るひとに書いて送・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・元来この種の問題の論議は勢い抽象的に傾くが故に、外観上往々形而上的の空論と混同さるる虞あり。科学者にしてかくのごとき問題に容喙する者は、その本分を忘れて邪路に陥る者として非難さるる事あり。しかれども実際は科学者が科学の領域を踏み外す危険を防・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・往々考えが形而上的に走り、罷り違えば誇大妄想狂となんら選む所のないような夢幻的の思索に陥って、いつの間にか科学の領域を逸する虞がある。この意味の危険を避けるために、どこまでも科学の立脚地たる経験的事実を見失わぬようにしなければならない。論理・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・たぶんは多くの同種類の云い伝えと同様に、時と場所との限られた範囲内での経験的資料とある形而上的の思想との結合から生れたものに過ぎないだろう。例えば二百十日に颱風を聯想させたようなものかもしれない。もっとも二百十日や八朔の前後にわたる季節に、・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・そもそも形而上の実在世界は、景色の裏側にあるのか表にあるのか。だれもまた、おそらくこの謎を解答できない。だがしかし、今もなお私の記憶に残っているものは、あの不可思議な人外の町。窓にも、軒にも、往来にも、猫の姿がありありと映像していた、あの奇・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
出典:青空文庫