・・・ 三、佐藤の作品中、道徳を諷するものなきにあらず、哲学を寓するもの亦なきにあらざれど、その思想を彩るものは常に一脈の詩情なり。故に佐藤はその詩情を満足せしむる限り、乃木大将を崇拝する事を辞せざると同時に、大石内蔵助を撲殺するも顧る所にあ・・・ 芥川竜之介 「佐藤春夫氏の事」
・・・それはあり合せの水絵具に一々挿絵を彩ることだった。彼はこの「浦島太郎」にも早速彩色を加えることにした。「浦島太郎」は一冊の中に十ばかりの挿絵を含んでいる。彼はまず浦島太郎の竜宮を去るの図を彩りはじめた。竜宮は緑の屋根瓦に赤い柱のある宮殿であ・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・蘆や白楊や無花果を彩るものは、どこを見ても濁った黄色である。まるで濡れた壁土のような、重苦しい黄色である。この画家には草木の色が実際そう見えたのであろうか。それとも別に好む所があって、故意こんな誇張を加えたのであろうか。――私はこの画の前に・・・ 芥川竜之介 「沼地」
・・・ プラットフォームで、真黒に、うようよと多人数に取巻かれた中に、すっくと立って、山が彩る、目瞼の紅梅。黄金を溶す炎のごとき妙義山の錦葉に対して、ハッと燃え立つ緋の片袖。二の腕に颯と飜えって、雪なす小手を翳しながら、黒煙の下になり行く汽車・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・…… かかる折から、柳、桜、緋桃の小路を、麗かな日に徐と通る、と霞を彩る日光の裡に、何処ともなく雛の影、人形の影がさまよう、…… 朧夜には裳の紅、袖の萌黄が、色に出て遊ぶであろう。 ――もうお雛様がお急ぎ。 と細い段の緋・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・腰衣のような幅広の前掛したのが、泥絵具だらけ、青や、紅や、そのまま転がったら、楽書の獅子になりそうで、牡丹をこってりと刷毛で彩る。緋も桃色に颯と流して、ぼかす手際が鮮彩です。それから鯉の滝登り。八橋一面の杜若は、風呂屋へ進上の祝だろう。そん・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ あくる日から、日暮れ方になって夕焼けが西の空を彩るころになると、三郎は野の方へと憧れて、友だちの群れから離れてゆきました。ある日のこと、彼はついに家へ帰ってきませんので、村じゅうのものが出て探しますと、三郎は野の中の池のすみに浮き上が・・・ 小川未明 「空色の着物をきた子供」
・・・光治は、しばらくそこに立って、じいさんを見送っていますと、その姿は日影の彩るあちらの森の方に消えてしまったのでありました。 その日から光治は野に出て、一人でその笛を吹くことをけいこしたのであります。その笛はじつに不思議な笛で、いろいろな・・・ 小川未明 「どこで笛吹く」
出典:青空文庫