・・・「御案内と申しても、何もお役に立つことはできません。我々信徒の礼拝するのは正面の祭壇にある『生命の樹』です。『生命の樹』にはごらんのとおり、金と緑との果がなっています。あの金の果を『善の果』と言い、あの緑の果を『悪の果』と言います。……・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・「あたら御役に立つ侍を一人、刀の錆に致したのは三右衛門の罪でございまする。」 治修はちょっと眉をひそめた。が、目は不相変厳かに三右衛門の顔に注がれている。三右衛門はさらに言葉を続けた。「数馬の意趣を含んだのはもっともの次第でござ・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・しかるに今の世の中では、土地は役に立つようなところは大部分個人によって私有されているありさまです。そこから人類に大害をなすような事柄が数えきれないほど生まれています。それゆえこの農場も、諸君全体の共有にして、諸君全体がこの土地に責任を感じ、・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・ 町中が、杢若をそこへ入れて、役に立つ立たないは話の外で、寄合持で、ざっと扶持をしておくのであった。「杢さん、どこから仕入れて来たよ。」「縁の下か、廂合かな。」 その蜘蛛の巣を見て、通掛りのものが、苦笑いしながら、声を懸ける・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ その時、そんなものを写してドウすると訊くと、「何かの時には役に立つさ、」といった。「何でも書物は一生の中に一度役に立てばそれで沢山だ。そういう意味で学術的に貴いものなら何でも集めて置く、」と書棚の中から気象学会や地震学会の報告書を出し・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・電灯が試験的に点火されても一時間に十度も二十度も消えて実地の役に立つものとは誰も思わなかった。電話というものは唯実験室内にのみ研究されていた。東海道の鉄道さえが未だ出来上らないで、鉄道反対の気焔が到る処の地方に盛んであった。 二十五年前・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・間を作るには学問教育よりは人生の実際の塩辛い経験が大切である事、茶屋女とか芸者とかいうような下層に沈淪した女が案外な道徳的感情に富んでいて、率という場合懐ろ育ちのお嬢さんや女学生上りの奥さんよりも遥に役に立つ事を諄々と説き、「女丈夫というほ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・姉の青春を、いや、姉の生命を奪ったものはこれだったかと、見るたびチクチクと胸が痛んだ卒業免状だったが、いまふと、「あ、ちょうどあれが役に立つわ。」 と、呟いた咄嗟に、道子の心はからりと晴れた。「お姉さまがご自分の命と引きかえに貰・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・「なんぞ役に立つことがあったら、さして貰おうか。あしたでも亀ノ井ホテルへ訪ねて来たらどないや」 しかし、坂田は松本の顔をちらりと恨めしそうに見て、「…………」 しょんぼり黒い背中で去って行った。 松本は寒々とした想いで、・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・『キリスト教の本質』を書いたフォイエルバッハの人間の共同生活態という美しい、人類の輝かしい希望をつなぐ理念を物的の意味に引き下してしまって何の役に立つのであろう。資本主義制度はもとより悪い。道徳的意味においてこれは呪詛されねばならぬ。われわ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
出典:青空文庫