・・・ お徳の惚れた男と云うのは、役者でね。あいつがまだ浅草田原町の親の家にいた時分に、公園で見初めたんだそうだ。こう云うと、君は宮戸座か常盤座の馬の足だと思うだろう。ところがそうじゃない。そもそも、日本人だと思うのが間違いなんだ。毛唐の役者・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・「勿論オペラ役者にでもなっていれば、カルウソオぐらいには行っていたんだ。しかし今からじゃどうにもならない。」「それは君の一生の損だね。」「何、損をしたのは僕じゃない。世界中の人間が損をしたんだ。」 僕等はもう船の灯の多い黄浦・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・相撲か、役者か、渡世人か、いきな処で、こはだの鮨は、もう居ない。捻った処で、かりん糖売か、皆違う。こちの人は、京町の交番に新任のお巡査さん――もっとも、角海老とかのお職が命まで打込んで、上り藤の金紋のついた手車で、楽屋入をさせたという、新派・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 相当の役者と見える。声が玄関までよく通って、その間に見物の笑声が、どッと響いた。「さあ、こちらへどうぞ、」「憚り様。」 階子段は広い。――先へ立つ世話方の、あとに続く一樹、と並んで、私の上りかかる処を、あがり口で世話方が片・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・なんといってもこの場では省作が花役者だ。何事にも穏やかな省作も、こう並んで刈り始めて見ると負けるは残念な気になって、一生懸命に顔を火のようにして刈っている。満蔵はもうひとりで唄を歌ってる。おとよさんは百姓の仕事は何でも上手で強い。にこにこし・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・それに丈が高いので、役者にしたら、舞台づらがよく利くだろうと思いついた。ちょっと断わっておくが、僕はある脚本――それによって僕の進退を決する――を書くため、材料の整理をしに来ているので、少くとも女優の独りぐらいは、これを演ずる段になれば、必・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・泥画であるゆえ、田舎のお大尽や成金やお大名の座敷の床の間を飾るには不向きであるが、悪紙悪墨の中に燦めく奔放無礙の稀有の健腕が金屏風や錦襴表装のピカピカ光った画を睥睨威圧するは、丁度墨染の麻の衣の禅匠が役者のような緋の衣の坊さんを大喝して三十・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・団十郎が人に褒められても「役者にしては意外な人物だよ、」と云われた通りに、紅葉や露伴の感服されたのも「小説家にしては――」という条件付きであったのである。 三文文学とか「チープ・リテレチュア」とかいう言葉は今でも折々繰返されてるが、斯う・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・劇的な額縁の中で書かれていた近代小説に、花道をつけ、廻り舞台をつけ、しかもそれを劇と見せかけて、実はカメラを移動させれば、観客席も同時にうつる劇中劇映画であり、おまけにカメラを動かしている作者が舞台で役者と共に演じている作者と同時にうつって・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・あの、時代に取残された頽廃的な性格を役どころにしていた友田が、気の弱い蒼白い新劇役者とされていた友田が「よしやろう」と気がるに蘊藻浜敵前渡河の決死隊に加わって、敵弾の雨に濡れた顔もせず、悠悠とクリークの中を漕ぎ兵を渡して戦死したのかと、佐伯・・・ 織田作之助 「道」
出典:青空文庫