・・・かく芸を離れて当人になってくるのは角力か役者に多い。作物になるとさほどでもないようにも見える。 これほどまでに芸術とか文芸とかいうものは personal である。personal であるから自己に重きを置く。自己がなくなったら per・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・金鵄勲章功七級、玄武門の勇士ともあろう者が、壮士役者に身をもち崩して、この有様は何事だろう。 次第に重吉は荒んで行った。賭博をして、とうとう金鵄勲章を取りあげられた。それから人力俥夫になり、馬丁になり、しまいにルンペンにまで零落した。浅・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ ところで、此時私が、自分と云うものをハッキリ意識していたらば、ワザワザ私は道化役者になりやしない。私は確に「何か」考えてはいたらしいが、その考の題目となっていたものは、よし、その時私がハッと気がついて「俺はたった今まで、一体何を考えて・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 役者の佐々木孝丸さんは、ペルリ上陸記念碑のある横須賀の久里浜に住んでいるが、すこぶる釣り好きで、よく私を誘った。このごろはどちらも忙しくなって、いっしょに釣りをする機会もなくなってしまったが、久里浜にも二、三回、行ったことがある。東京・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・(徐譬えば下手な俳優があるきっかけで舞台に出て受持だけの白を饒舌り、周匝の役者に構わずに己が声を己が聞いて何にも胸に感ぜずに楽屋に帰ってしまうように、己はこの世に生れて来て何の力もなく、何の価値もなく、このままこの世を去らねばならぬか。何で・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ 何とかいう芝居小屋の前に来たら役者に贈った幟が沢山立って居た。この幟の色について兼ねて疑があったから注意して見ると、地の色は白、藍、渋色などの類、であった。 陶器店の屋根の上に棚を造って大きな陶器をあげてある。その最も端に便器が落・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・「喜劇役者ですよ。ニュウヨーク座の。けれどもヒルガードには眉間にあんな傷痕がありません。」「なるほど。」 そのあとはもう異教徒席も異派席もしいんとしてしまって誰も演壇に立つものがありませんでした。祭司次長がしばらく式場を見まわし・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・白っぽい半洋袴服をつけ、役者の子のような鳥打帽をかぶったその男の児は、よろけながら笑った。「大丈夫だよ」 婆さんは荒っぽい愛惜を現した顔で子供を眺めながら云った。「乗りたいの、やっと辛棒してるんだよ。ね? そうだろう?」「そ・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・それは昔どこやらで旧俳優のした世話物を見た中に、色若衆のような役をしている役者が、「どれ、書見をいたそうか」と云って、見台を引き寄せた事であった。なんでもそこへなまめいた娘が薄茶か何か持って出ることになっていた。その若衆のしらじらしい、どう・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・カインツは馳け回って大声に歓呼しながら帽子を振り、ロッテはもう役者を廃めるといって苦しげに泣いた。劇場を出た時には三人とも歓びのあまり、酔いつぶれた人のように、気の狂った人のように、恥も外聞もなく、よろめいて歩いた。バアルはその夜徹夜して書・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫