・・・K君は何でもこの温泉宿へ妹さんの来るのを待ち合せた上、帰り仕度をするとか云うことです。僕はK君と二人だけになった時に幾分か寛ぎを感じました。もっともK君を劬りたい気もちの反ってK君にこたえることを惧れているのに違いありません。が、とにかくK・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・ 僕は往来に佇んだなり、タクシイの通るのを待ち合せていた。タクシイは容易に通らなかった。のみならずたまに通ったのは必ず黄いろい車だった。そのうちに僕は縁起の好い緑いろの車を見つけ、とにかく青山の墓地に近い精神病院へ出かけることにした。・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・そよそよと西風の吹く日で、ここからは海は見えぬが、外は少しは浪があろうと待合せの乗客が話していた。空はところどころ曇って、日がバッと照るかと思うときゅうにまた影げる。水ぎわには昼でも淡く水蒸気が見えるが、そのくせ向河岸の屋根でも壁でも濃くは・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・で結局、今朝の九時に上野を発ってくる奥羽線廻りの青森行を待合せて、退屈なばかな時間を過さねばならぬことになったのだ。 が、「もとより心せかれるような旅行でもあるまい……」彼はこう自分を慰めて、昨夜送ってきた友だちの一人が、意味を含めて彼・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・帰りにも待ち合わせてその船に乗って帰る。彼らは雨にも風にもめげずにやって来る。一番近い島でも十八町ある。いったいそんな島で育ったらどんなだろう。島の人というとどこか風俗にも違ったところがあった。女の人が時々家へも来ることがあったが、その人は・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・一同はこの松の下に休息して、なの字浦の方から来るはずになっていた猟師の一組を待ち合わせていた。 朝日が日向灘から昇ってつの字崎の半面は紅霞につつまれた。茫々たる海の極は遠く太平洋の水と連なりて水平線上は雲一つ見えない、また四国地が波の上・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ 前から来るのを、のんびりと待ち合せてゴトン/\と動く、あの毎日のように乗ったことのある西武電車を、自動車はせッかちにドン/\追い越した。風が頬の両側へ、音をたてゝ吹きわけて行った、その辺は皆見慣れた街並だった。 N駅に出る狭い道を・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 小間物屋のある町角で、熊吉は姉を待合せていた。そこには腰の低い小間物屋のおかみさんも店の外まで出て、おげんの近づくのを待っていて、「御隠居さま、どうかまあ御機嫌よう」 と手を揉み揉み挨拶した。 熊吉は往来で姉の風体を眺めて・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・高瀬は子安を待合せて、一諸に塾の方へ歩いた。 線路側の柵について先へ歩いて行く広岡学士の後姿も見えた。「広岡先生が行くナ」と高瀬が言った。 子安も歩き歩き、「なんでもあの先生が上田から通って被入っしゃる時分には、大変お酒に酔って・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・「時間をきめてあの本屋で待ち合せていたようなものだ。」「本当にねえ。」と、こんどは私の甘い感慨に難なく誘われた。 私は調子に乗り、「映画を見て時間をつぶして、約束の時間のちょうど五分前にあの本屋へ行って、……」「映画を?」・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
出典:青空文庫