・・・ それは、その如何にも新らしい快よい光輝を放っている山本山正味百二十匁入りのブリキの鑵に、レッテルの貼られた後ろの方に、大きな凹みが二箇所というもの、出来ていたのであった。何物かへ強く打つけたか、何物かで強く打ったかとしか思われない、ひ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・私はコソコソと往きとは反対の盗み足で石段を帰ってきたが、両側の杉や松の枝が後ろから招いてる気がして、頸筋に死の冷めたい手触りを感じた。……「で、ゆうべあんなことで、ついフラフラとあの松の枝にぶらさがったはいいとして、今朝になってほん・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・町の後ろの山へ廻った陽がその影を徐々に海へ拡げてゆく。町も磯も今は休息のなかにある。その色はだんだん遠く海を染め分けてゆく。沖へ出てゆく漁船がその影の領分のなかから、日向のなかへ出て行くのをじっと待っているのも楽しみなものだ。オレンジの混っ・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・ 城の石垣に大きな電灯がついていて、後ろの木々に皎々と照っている。その前の木々は反対に黒ぐろとした蔭になっている。その方で蝉がジッジジッジと鳴いた。 彼は一人後ろになって歩いていた。 彼がこの土地へ来てから、こうして一緒に出歩く・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・かあいい男を新橋まで送ったのは、今から思うと滑稽だが、かあいそうだ、それでなくてあの気の抜けたような樋口がますますぼんやりして青くなって、鸚鵡のかごといっしょに人車に乗って、あの薄ぎたない門を出てゆく後ろ姿は、まだ僕の目にちらついている。」・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・『わたしは先へ帰るよ』と吉次は早々陸へ上がる後ろよりそんならわたしたちも上がる待っていてと呼びかけられ、待つはずの吉次、敵にでも追われて逃げるような心持ちになり、衣服を着るさえあわただしく、お絹お常の首のみ水より現われて白銀の波をかき分・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・船頭は客よりも後ろの次の間にいまして、丁度お供のような形に、先ずは少し右舷によって扣えております。日がさす、雨がふる、いずれにも無論のこと苫というものを葺きます。それはおもての舟梁とその次の舟梁とにあいている孔に、「たてじ」を立て、二のたて・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・しかして丘の上には赤い鐘楼のある白い寺だの、ライラックのさきそろった寺領の庭だの、ジャスミンの花にうもれた郵便局だの、大槲樹の後ろにある園丁の家だのがあって、見るものことごとくはなやかです。そよ風になびく旗、河岸や橋につながれた小舟、今日こ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・レナードが原理の非難を述べている間に、かつてフィルハルモニーで彼の人身攻撃をやった男が後ろの方の席から拍手をしたりした。しかしレナードの急き込んだ質問は、冷静な、しかも鋭い答弁で軽く受け流された。 レナード「もし実際そんな重力の『場』が・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・翌朝見ると、山吹の垣の後ろは桑畑で、中に木蓮が二、三株美しく咲いていた。それも散って葉が茂って夏が来た。 宿はもと料理屋であったのを、改めて宿屋にしたそうで、二階の大広間と云うのは土地不相応に大きいものである。自分は病気療養のためしばら・・・ 寺田寅彦 「嵐」
出典:青空文庫