・・・ 女は暫らく私を見凝めるともなく、想いにふけるともなく捕えがたい視線をじっと釘づけにしていたが、やがていきなり歪んだ唇を痙攣させたかと思うと、「私の従兄弟が丁度お宅みたいなからだ恰好でしたけど、やっぱり肺でしたの」 膝を撫でなが・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ けれども何より嬉しくって今思いだしても堪りませんのは同じ年ごろの従兄弟と二人で遊ぶことでした。二人はよく山の峡間の渓川に山やまばえを釣りに行ったものでございます。山岸の一方が淵になって蒼々と湛え、こちらは浅く瀬になっていますから、私ど・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・とかいうものの兄弟従兄弟といったようなものだけでも、いったいどのくらいあるかちょっと見当がつかないくらいである。このへんにたくさんあってだれにもいちばんに目につく「ししうど」と称するものでも、みんながはたして同じものかどうか子細に見ていると・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・のであるのに、音のほうではどこか共通なものがあり、同時に意味のほうにも共通なものがあるから全く不思議な事実である。 英語の brave や bravo も「べらぼう」の従兄弟であるが、これはたぶん (L.)barbarus と関係がある・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・気持のいい谷川の瀬の音と電車の音とは実は従兄弟である。それから電車のポールの尖端から出る気味の悪い火花も、日本アルプスを照らす崇厳な稲妻の曾孫くらいのものに過ぎない。しかし同じ源から出たエネルギーはせち辛い東京市民に駆使される時に苦しい唸き・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・オボーなどもこれと従兄弟である。 おもしろい事には全然ちがった楽器の名前が同じような音から成り立っている例のかなり多いことである。たとえば笛のピパに対して弦楽器のピパすなわちビワがあり、弦楽器のタンブールに対して太鼓のタンブールがあるよ・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
・・・ほかの従兄弟らは、依然として土曜日になると樺の鞭をくって泣き声を立てつづけたが、ゴーリキイの抵抗は遂に祖父さんを屈服させることが出来たのであった。 アレキサンドル二世が形式的な農奴解放を行ったのは一八六一年であった。ゴーリキイが生れた時・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫