・・・僕はあらゆる青年のように彼の従妹を見かけた時から何か彼の恋愛に期待を持っていたのだった。「美代ちゃんは今学校の連中と小田原へ行っているんだがね、僕はこの間何気なしに美代ちゃんの日記を読んで見たんだ。……」 僕はこの「何気なしに」に多・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・以前にも両三度聞いた――渠の帰省談の中の同伴は、その容色よしの従姉なのであるが、従妹はあいにく京の本山へ参詣の留守で、いま一所なのは、お町というその娘……といっても一度縁着いた出戻りの二十七八。で、親まさりの別嬪が冴返って冬空に麗かである。・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・――それ姪が見合をする、従妹が嫁に行くと言って、私の曠着、櫛笄は、そのたびに無くなります。盆くれのつかいもの、お交際の義理ごとに、友禅も白地も、羽二重、縮緬、反ものは残らず払われます。実家へは黙っておりますけれど、箪笥も大抵空なんです。――・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ 母が永らくぶらぶらして居たから、市川の親類で僕には縁の従妹になって居る、民子という女の児が仕事の手伝やら母の看護やらに来て居った。僕が今忘れることが出来ないというのは、その民子と僕との関係である。その関係と云っても、僕は民子と下劣な関・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・おれの知っている限りでは、十七歳と三十二歳の二人、後者はお千鶴の従妹だった。 もとよりその頃は既に身うけされて、朝鮮の花街から呼び戻され、川那子家の御寮人で収まっていたお千鶴は、「――ほかのことなら辛抱できまっけど、囲うにこと欠いて・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・と、私は父とは従妹の、分家のお母さんに言った。「ほんとにそう思いますか? ほんとにそうしておあげなさいよ。あなたのとことわたしのとこくらいのものですよ、本家分家があんな粗末な位牌堂に同居してるなんて。NのにしてもSのにしてもあんなに立派・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・継母は自分の手しおにかけた耕吉の従妹の十四になるのなど相手に、鬼のように真黒くなって、林檎や葡萄の畠を世話していた。彼女はちょっと非凡なところのある精力家で、また皮肉屋であった。「自家の兄さんはいつ見ても若い。ちっとも老けないところを見・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ そして、一年、一年、あとから生長して来る彼女達の妹や従妹は、やはり町をさして出て行った。萎びた梨のように水々しさがなくなったり、脚がはれたりするのを恐れてはいられなかった。 若い男も、ぼつ/\出て行った。金を儲けようとして。華やか・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・今度出て来たついでに、従妹のところへも寄って行きたいから」「お母さん、そうしますか」 料理場から食堂への通い口に設けてある帳場のところに立って、お三輪は新七とこんな言葉をかわした。帳場のテエブルの上には、前の晩に客へ出したらしい料理・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ずっと後に従妹のエルゼ・アインシュタインを迎えて幸福な家庭を作っているという事である。 一九〇一年、スイス滞在五年の後にチューリヒの公民権を得てやっと公職に就く資格が出来た。同窓の友グロスマンの周旋で特許局の技師となって、そこに一九〇二・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫