・・・何でも三浦の話によると、これは彼の細君の従弟だそうで、当時××紡績会社でも歳の割には重用されている、敏腕の社員だと云う事です。成程そう云えば一つ卓子の紅茶を囲んで、多曖もない雑談を交換しながら、巻煙草をふかせている間でさえ、彼が相当な才物だ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ と言うのは、このごろ忙しさに、不沙汰はしているが、知己も知己、しかもその婚礼の席に列った、従弟の細君にそっくりで。世馴れた人間だと、すぐに、「おお。」と声を掛けるほど、よく似ている。がその似ているのを驚いたのでもなければ、思い掛けず出・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 十二 はずれの旦那という人は、おとよの母の従弟であって薊という人だ。世話好きで話のうまいところから、よく人の仲裁などをやる。背の低い顔の丸い中太りの快活で物の解った人といわれてる。それで斎藤の一条以来、土屋の家で・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・もう一人の従弟のT君はこの春突然やってきて二晩泊って行ったが、つい二三日前北海道のある市の未決監から封緘葉書のたよりをよこした。 ――その後は御無沙汰しておりました。七月号K誌おみくじの作を拝見し、それに対するいたずら書きさしあげて以来・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・父の妹の息子で陸軍の看護長をしているという従弟とは十七八年ぶりで会った。九十二だというが血色といい肉づきといい、どこにも老衰の兆しの見えないような親戚の老人は、父の子供の時分からのお師匠さんでもあった。分家の長兄もいつか運転手の服装を改めて・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・幸い、中学へやるくらいの金はあるから、市で傘屋をしている従弟」と叔父は、磨りちびてつるつるした縁側に腰を下して、おきのに訊ねた。「あれを今、学校をやめさして、働きに出しても、そんなに銭はとれず、そうすりゃ、あれの代になっても、また一生頭・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・ 仁助は、従弟が皆に笑われたり、働きが鈍かったりすると、妙に腹が立つらしく、殊更京一をがみがみ叱りつけた。時には、彼の傍についていて、一寸した些事を一々取り上げて小言を云った。桃桶で汲む諸味の量が多いとか、少いとか、やかましく云った。・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・父の死は肺病の為でもあったのですが、震災で土佐国から連れてきた祖父を死なし、又祖父を連れてくる際の、口論の為、叔父の首をくくらし、また叔父の死の一因であった従弟の狂気等も原因して居たかも知れません。加えて、兄のソシャリストになった心痛もあっ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・甥は、二十五で、従弟は、二十一で、どちらも私になついていたのに、やはり、ことし、相ついで死んだ。 どうしても、死ななければならぬわけがあるのなら、打ち明けておくれ、私には、何もできないだろうけれど、二人で語ろう。一日に、一語ずつでもよい・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・甥が死んだ。従弟が死んだ。私は、それらを風聞に依って知った。早くから、故郷の人たちとは、すべて音信不通になっていたのである。相続く故郷の不幸が、寝そべっている私の上半身を、少しずつ起してくれた。私は、故郷の家の大きさに、はにかんでいたのだ。・・・ 太宰治 「東京八景」
出典:青空文庫