・・・ 東京地図などが持ち出されるのは、大抵従弟で、戦争を実地に経験して来たような客のある晩であった。 どうだろうねえ、どう思う? そんなことから、どれ、東京地図あるかい、という調子で地図が出され、その地図を開いてテーブルの上にひろげ、両・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・ずっとずっと前、いくつ位だろう、十一二になっていた頃か、飯田町に引越した叔父につれられ、まだ七つばかりの従弟と夜散歩したことがあった。淋しい牛込駅の傍の坂を下って、俄に明るく、ぞろぞろひどい人波が急ぎも止まりも仕ないで急な坂を登り降りしてい・・・ 宮本百合子 「茶色っぽい町」
・・・ ごく最近、私の一人の従弟は、遺伝性の脳梅毒で発狂したピアニストの卵に危く殺されかかった実例がある。私の五つで死んだ妹は、やはり脳に異状が起っているのを心づかず治療をまかせた医師の手落ちで死亡した。 私は、変質者、中毒患者、悪疾な病・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・ がらんとした室に、ひろ子の又従弟に当る青年がひとりで坐っていた。樺太の製紙会社につとめている父親や、引上げて来た母親、子供たちの様子をきいたりして夕飯のしたくが終ったとき、敷石の上を来る重吉の靴音がきこえた。 ひろ子は、上り口へか・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・丁度その文章をよんだとき、従弟の一人でもう二年以上内蒙に出動しているのから手紙が来て、そっくりそのとおりのことを云ってよこしていました。あたり前の何でもない日々のことを書いたものが読みたいと沁々思う、と。 これは達ちゃんの実感にもきっと・・・ 宮本百合子 「二人の弟たちへのたより」
家中寝鎮まったものと思って足音を忍ばせ、そーッと階下へおりて行ったら、茶の間に灯がついていて、そこに従弟が一人中腰で茶を飲んでいた。どうしたの今時分まで、というと、鼠退治さ。栗のいがってどこにあるんだい。さア、私も知らない・・・ 宮本百合子 「未開の花」
・・・ 二 あなたが、お兄さんからすすめられた方に心よりも体でひかれてゆきそうであり、Eという前からよく知りあっていた従弟の方には親しすぎて良人にしようとおもえない、というところが、微妙な心理だとおもいます。・・・ 宮本百合子 「三つのばあい・未亡人はどう生きたらいいか」
・・・私は、鎌倉で、親密な叔母と一人の従弟が圧死したことを知った。まさかと思った帝国大学の図書館が消防の間も合わず焼け落ちてしまったのを知った。 段々彼方此方の焼跡を通り、私は、何とも云えない寥しい思いをした。自分の見なれた神田、京橋、日本橋・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・田辺攻の時、関東に御出遊ばされ候三斎公は、景一が外戚の従弟たる森三右衛門を使に田辺へ差立てられ候。森は田辺に着いたし、景一に面会して御旨を伝え、景一はまた赤松家の物頭井門亀右衛門と謀り、田辺城の妙庵丸櫓へ矢文を射掛け候。翌朝景一は森を斥候の・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
出典:青空文庫