・・・ヤコフ・イリイッチの前では、彼に関した事でない限り、何もかも打明ける方が得策だと云う心持を起させられたからだ。彼は始めの中こそ一寸熱心に聴いて居たが、忽ちうるさ相な顔で、私の口の開いたり閉じたりするのを眺めて、仕舞には我慢がしきれな相に、私・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・ほうが得策であるのに映画では殺さないほうが得策だとすれば、それはいったいどこからそういう差別が生じるかということである。そこに小説と映画との本質的な差別の目標の一つを探り出す糸口がありはしないか。 一つには、小説と映画では相手にする大衆・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・何でも自分の好いた方、気に向いた事をやるが得策だ。しかし絵はそればかりを職業として、それで生活しようと云うにはあまりに不利なものである。せっかく腕は立派でも、衣食に追われて画くようでは、よい絵は出来ず、第一絵に気品がなくなる。何でもいいが、・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・ 斯ういう掛合に、此方から金額を明言するのは得策でない。先方の口から言出させて、大概の見当をつけ、百円と出れば五拾円と叩き伏せてから、先方の様子を見計らって、五円十円と少しずつせり上げ、結局七八拾円のところで折合うのが、まずむかしから世・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・人生の全局面を蔽う大輪廓を描いて、未来をその中に追い込もうとするよりも、茫漠たる輪廓中の一小片を堅固に把持して、其処に自然主義の恒久を認識してもらう方が彼らのために得策ではなかろうかと思う。――明治四三、七、二三『東京朝日新聞』――・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・こんな時はなるべく早く帰る方が得策だ、長座をすればするほど失敗するばかりだと、そろそろ、尻を立てかけると「あなた、顔の色が大変悪いようですがどうかなさりゃしませんか」と御母さんが逆捻を喰わせる。「髪を御刈りになると好いのね、あんまり・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・いいかげんなことを言って引っ張るくらいなら、いっそきっぱり今のうちに断わるほうが得策だから」「いまさら断わるなんて、僕はごめんだなあ。実際叔父さん、僕はあの人が好きなんだから」 重吉の様子にどこといって嘘らしいところは見えなかった。・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・もし戦争をせねばならん時には日本へ攻め寄せるは得策でないから朝鮮で雌雄を決するがよかろうという主意である。朝鮮こそ善い迷惑だと思った。その次に「トルストイ」の事が出ている。「トルストイ」は先日魯西亜の国教を蔑視すると云うので破門されたのであ・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・第一次大戦のあとのヨーロッパ社会が急テムポで社会主義的に進んでゆくことに危惧を感じ、その防壁としてドイツのナチスを支援し、成長を助けることが得策であるとした国外の人々は、間違えてふたをあけた壺からあばれ出した暴力を、民主的な理性と良心とによ・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
・・・ すっかり身の証も立てて、御隠居の考えも通させた方が、どう考えても得策だね」 訴え! 訴え 哀れな夫婦の耳元で、訴えの一言が雷のように鳴り響いた。 無智な農民の心を支配している法律に関するこの上ない恐怖が、彼等の頭を掻き乱したの・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫