・・・悪魔も同様な黒ん坊の王は御伽噺にあるだけです。そうじゃありませんか?王子 そうです。皆さん! 我々三人は目がさめました。悪魔のような黒ん坊の王や、三つの宝を持っている王子は、御伽噺にあるだけなのです。我々はもう目がさめた以上、御伽噺の中・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・ひそかに思うに、著者のいわゆる近代の御伽百物語の徒輩にあらずや。果してしからば、我が可懐しき明神の山の木菟のごとく、その耳を光らし、その眼を丸くして、本朝の鬼のために、形を蔽う影の霧を払って鳴かざるべからず。 この類なおあまたあり。しか・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・こうしたじめじめした池沼のほとりの雰囲気はいつも自分の頭のどこかに幼い頃から巣くっている色々な御伽噺中の妖精を思い出すようである。 大正池の畔に出て草臥れを休めていると池の中から絶えずガラガラガラ何かの機械の歯車の轢音らしいものが聞こえ・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・顕微鏡下の世界の驚異にはしかし御伽噺作者などの思いも付かなかったものがあるらしい。 シモツケの繖形花も肉眼で見たところでは、あの一つ一つの花冠はさっぱりつまらないものであるが、二十倍にして見るとこれも驚くべき立派な花である。桃色珊瑚でで・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・老人は襖に背をもたせて御伽噺の本を眼鏡でたどっていた。私は裏庭を左にした壁のオルガンの前に腰かけて、指の先の鍵盤から湧き上がる快い楽音の波に包まれて、しばらくは何事も思わなかった。 涼しい風が、食事をして汗ばんだ顔を撫でて行くと同時に楽・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・ ねえ、これは貴方の御伽にと思って書くんだから、貴方のおこのみ通りにねえ。 こんな事を云われるのが嬉しいほど人なつっこい気持になって居た千世子はたびたびいかにもすなおな娘らしい調子で母親の処へ手紙を書いた。 叱かられる京・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
出典:青空文庫