・・・たじっさい菊屋に於いても、酒が次第に少くなって休業の日が続き、僕は、またまた別な酒の店を捜し出さなければならなくなって、君と別れて以後は、ほんの数えるほどしか菊屋に行った事は無く、そうして、やがて全く御無沙汰という形になった。 もう、そ・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・そのために、あらゆる義理を欠き、あらゆる御無沙汰をして、寒さを逃げ廻っては、こそこそと一番大事なと思う仕事だけを少しずつしている。そのお蔭で幸いに今年はまだ流感に冒されず従って肺炎にもならずに今日までたどりついたような気がする。ましてや雪の・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・それで今年はとうとう竹の台の秋には御無沙汰をすることにあきらめていた。そこへ『中央美術』の山路氏が訪ねて来られて帝展の批評を書いてみないかという御勧めがあった。御断りをした積りでいるうちに何時の間にかつかまってしまって、とうとうこの「見ざる・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・ それから此校に二年ばかりおって、大学に入って、大分御無沙汰をして、それから外国に行きまして、外国から帰って来て、復た此校へ這入った。故郷へ錦を着るというほどでもないが、まあ教師になって這入った。そうして初めて教えたのが、今いう安倍能成・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・ソレダカラ新聞雑誌ヘモ少シモ書カヌ。手紙ハ一切廃止。ソレダカラ御無沙汰シテマス。今夜ハフト思イツイテ特別ニ手紙ヲカク。イツカヨコシテクレタ君ノ手紙ハ非常ニ面白カッタ。近来僕ヲ喜バセタ者ノ随一ダ。僕ガ昔カラ西洋ヲ見タガッテ居タノハ君モ知ッテル・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』中篇自序」
・・・私しゃね、大変御無沙汰しッちまッて、済まない、済まない、ほんーとうに済まないんだねえ。済まないんだよ、済まないんだよ、知ッてて済まないんだからね。小万さん、先日ッからそう思ッてたんだがね、もういい、もういい、そんなことを言ッたッて、ねえ小万・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・女学校へ入って間もなくあった校友会に出たきり、私は、文字通り御無沙汰を続けている。我々の年代にあっては、生活の全感情がいつも刻々に移り換る現在に集注されるのが自然らしい。日々の生活にあっては、今日と云い、今と云う、一画にぱっと照りつけた強い・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・ 手紙は大変御無沙汰になって日づけを見ると、殆ど一ヵ月近くかかなかったことになりました。御免下さい。御注文の本のことはきっとはかばかしくゆかないのでいろいろ御不自由と思いすみませんが、段々うまく致します。この間うち私は血眼だし、ほかのひ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・三十一日に書いて下すって以来、御無沙汰? 風邪をお引きになったのではないでしょうね。 私は二三日来、注射をやめて飲み薬だけになりましたが、心のどかで好調です。何しろ静脈注射ですから気がはるのよ、痛い時はひどいから。 知らなかった・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
雑信 C先生――。 其後は大変御無沙汰致して仕舞いました。東京も、さぞ暑くなった事でございましょう。白い塵のポカポカ立つ、粗雑なペンキ塗の目に痛く反射する其処いらの路を想像致します。御丈夫でいらっ・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫