・・・「しかし僕の御蔭で天地の壮観たる阿蘇の噴火口を見る事ができるだろう」「可愛想に。一人だって阿蘇ぐらい登れるよ」「しかし華族や金持なんて存外意気地がないもんで……」「また身代りか、どうだい身代りはやめにして、本当の華族や金持ち・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・実行上の権力において自己より遥に偉大なる政府というものを背景に控えた御蔭で、忽ち魚が竜となるのである。自ら任ずる文芸家及び文学者諸君に取っては、定めて大いなる苦痛であろうと思われる。 諸君がもし、国家のためだから、この苦痛を甘んじても遣・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・「いや顔は美しいが頸の骨は馬鹿に堅い女だった。御蔭でこの通り刃が一分ばかりかけた」とやけに轆轤を転ばす、シュシュシュと鳴る間から火花がピチピチと出る。磨ぎ手は声を張り揚げて歌い出す。 切れぬはずだよ女の頸は恋の恨みで刃が折れる。シ・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・両君の御蔭に因って文章以外に一種の趣味を添え得たるは余の深く徳とする所である。 自分が今迄「吾輩は猫である」を草しつつあった際、一面識もない人が時々書信又は絵端書抔をわざわざ寄せて意外の褒辞を賜わった事がある。自分が書いたものが斯んな見・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』上篇自序」
・・・ その松の木の生えている明屋敷が久しく子供の遊場になっていたところが、去年の暮からそこへ大きい材木や、御蔭石を運びはじめた。音羽の通まで牛車で運んで来て、鼠坂の傍へ足場を掛けたり、汽船に荷物を載せる Crane と云うものに似た器械を据・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫