・・・ どうやら靴磨きの少年達に御馳走することには、反対らしいお加代への面当てに、わざとそう言った。「何でもって、全部ですか」 女の子はまごついてしまった。「そうだ。――ハバ、ハバ!」 豹吉はいらいらして言った。ハバとは「早く・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・俺はYにも御馳走にはなったことはあるが、金は一文だって借りちゃいないんだからな……」 斯う云った彼の顔付は、今にも泣き出しそうであった。「だからね、そんな、君の考えてるようなもんではないってんだよ、世の中というものはね。もっと/\君・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・そして晩飯の御馳走になった。私は主人からひどく叱られた憫れな犬のような気持で、不機嫌なかれの側を、思いきって離れえないのだ。それにまた、明後日の朝彼が発つのだとすると、これきり当分会えないことになる……そうした気持も手伝っていたのだ。そして・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ 私達はAの国から送って来たもので夕飯を御馳走になりました。部屋へ帰ると窓近い樫の木の花が重い匂いを部屋中にみなぎらせていました。Aは私の知識の中で名と物とが別であった菩提樹をその窓から教えてくれました。私はまた皆に飯倉の通りにある木は・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・そこには、酒があり、滋養に富んだ御馳走がある。雪を慰みに、雪見の酒をのんでいるのだ。それだのに、彼等はシベリアで何等恨もないロシア人と殺し合いをしなければならないのだ!「進まんか! 敵前でなにをしているのだ!」 中隊長が軍刀をひっさ・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ 最初、日本の兵士を客間に招待して紅茶の御馳走をしていた百姓が、今は、銃を持って森かげから同じ兵士を狙撃していた。 彼等の村は犬どもによって掠奪され、破壊されたのだ。 ウォルコフもその一人だった。 ウォルコフの村は、犬どもに・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・「うん、田舎風の御馳走が来たぞ。や、こいつはうまからず」 と直次も姉の前では懐しい国言葉を出して、うまそうな里芋を口に入れた。その晩はおげんは手が震えて、折角の馳走もろくに咽喉を通らなかった。 熊吉は黙し勝ちに食っていた。食後に・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・久しぶりで何かうまいものをお母さんに御馳走しますかナ」 お三輪は椅子を離れて、木彫の扁額の掛けてある下へも行って見た。新七に言わせると、その額も広瀬さんがこの池の茶屋のために自分で書き自分で彫ったものであった。お三輪はまた、めずらしい酒・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ 魚たちは、思わぬ御馳走をもらったので、大よろこびで、みんなで寄って来て、おいしい/\と言って食べました。鯨もすっかり出て来て、樽を一つずつひろって、それをまりにして、大よろこびで遊びました。 船は、それから、どん/\どん/\どこま・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・それですぐにそのドモクレスを呼んで、さまざまの珍らしいきれいな花や、香料や、音楽をそなえた、それはそれは、立派なお部屋にとおし、出来るかぎりのおいしいお料理や、価のたかい葡萄酒を出して、力いっぱい御馳走をしました。 ドモクレスは大喜びを・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
出典:青空文庫