・・・――そのころの詩というものは、誰も知るように、空想と幼稚な音楽と、それから微弱な宗教的要素のほかには、因襲的な感情のあるばかりであった。自分でそのころの詩作上の態度を振返ってみて、一ついいたいことがある。それは、実感を詩に歌うまでには、ずい・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・あの人が、たとえ微弱にでも、あの無学の百姓女に、特別の感情を動かしたということは、やっぱり間違いありません。私の眼には狂いが無い筈だ。たしかにそうだ。ああ、我慢ならない。堪忍ならない。私は、あの人も、こんな体たらくでは、もはや駄目だと思いま・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・その前年の秋、私は新潟へ行き、ついでに佐渡へも行ってみたが、裏日本の草木の緑はたいへん淡く、土は白っぽくカサカサ乾いて、陽の光さえ微弱に感ぜられて、やりきれなく心細かったのだが、いま眼前に見るこの平野も、それと全く同じであった。私はここに生・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・ 日本文学の伝統は、美術、音楽のそれにくらべ、げんざい、最も微弱である。私たちの世代の文学に、どんな工合いの影響を与えているだろう。思いついたままを書きしるす。 答。ちっとも。 私たちの世代にいたっては、その、いとど嫋嫋たる・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・然ればキリストの能力の我を庇わんために、寧ろ大いに喜びて我が微弱を誇らん。この故に我はキリストの為に、微弱、恥辱、艱難、迫害、苦難に遭うことを喜ぶ。そは我、よわき時に強ければなり。」と言ってみたが、まだ言い足りず、「われ汝らに強いられて愚か・・・ 太宰治 「パウロの混乱」
・・・あるいはまた反響は自分の声と同じ音程音色をもっているから、それが発声器官に微弱ながらも共鳴を起こし、それが一種特異な感覚を生ずるということも可能である。 これは単なる想像である。しかしこの想像は実験によって検査し得らるる見込みがある。そ・・・ 寺田寅彦 「疑問と空想」
・・・ 最初気づいた時にはおそらく、微弱な風がちょうど偶然太陽の方向に流れていたであろう、それを考えないで、とんぼの尻をねじ向けたのは太陽だと早のみ込みをしてしまったのであった。 しかしまたこの事から、とんぼの止まっているときの体向は太陽・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・破壊がただ一回に終らず、数回の段階的変化によるとすれば、これらの推移中に歪みの変化は複雑に起り、場合によりては毎回地震の強度は微弱なる事もあるべく、また時にはその中に強震を生ずる事もあるべし。かくのごとき差別が偶然的局部的の異同に支配さるる・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・云わば遠からず爆発しようとする火山の活動のエネルギーがわずかに小噴気口の噴煙や微弱な局部地震となって現われていたようなものであった。それにしてもそのために俳句や漢詩の形式が選ばれたという事は勿論偶然ではなかったに相違ない。先生の自然観人世観・・・ 寺田寅彦 「夏目先生の俳句と漢詩」
・・・また微弱な気流でもその落下の方向速度を変える事は明白である。しかるにこれらの温度や気流等はまた室内のみならず室外全宇宙の現象の影響を受けぬ訳には行かぬ。なおこのような影響を及ぼすものを列挙すれば巻を更えても尽す事は出来まい。 それならば・・・ 寺田寅彦 「方則について」
出典:青空文庫