・・・たとえ多くの人に記憶せられ、惜まれずとも、懐かしかった親が心に刻める深き記念、骨にも徹する痛切なる悲哀は寂しき死をも慰め得て余りあるとも思う。 最後に、いかなる人も我子の死という如きことに対しては、種々の迷を起さぬものはなかろう。あれを・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・日本の文学は庶民の生活の中から生れたものであるとし、現代作家の任務は現代の庶民の生活にとけ込んでその朝夕のいとなみとその涙と笑いとをあるがままに描き徹することに於て庶民の生きるべき方向と道とが自ら示されるという見解である。『人民文庫』の人々・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・ こんにちの社会的現実が頽廃的であることと、それを描くこと、虚無に徹することで新たな人間性を見出すと主張されて来た文壇的な文学は、はたして、頽廃を描き得る社会性や情熱を蔵しているであろうか。頽廃を描く文学であるか、あるいは文学そのものの・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・洋画家が日本画家のような大きな画題を捕えないのは、一つには目前に在るものの美しさに徹するということが、十分彼らの心情を充たすに足る大事業であるためであり、二つには目前の自然をさえ十分にコナし得ないものが、歴史的な、あるいは超自然的な形象を描・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・著者が一人旅の心を説くのも、我執に徹することによって我から脱却し、自然に遊ぶ境地に至らんがためであった。ただ我執の立場にとどまる旅行記からは、我々は何の感銘も受けることができない。脱我の立場において異境の風物が語られるとき、我々はしばしば驚・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
・・・私たちはありのままを露呈するということを少しもはばからなかったし、またそれを妨げようとする力をも骨身に徹するほどには経験していなかった。地方の農村で育った私でさえそうであったから、東京の山の手で育った連中は、一層そうであったであろう。ちょう・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
・・・現実の外に夢を築こうとするのではなくて現実の底に徹する力強いたじろがない態度を獲得しようとするのである。先生の人格が昇って行く道はここにあった。公正の情熱によって「私」を去ろうとする努力の傍には、超脱の要求によって「天」に即こうとする熱望が・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫