・・・ 私があなたのお手紙で、K君の溺死を読んだとき、最も先に私の心象に浮かんだのは、あの最初の夜の、奇異なK君の後姿でした。そして私はすぐ、「K君は月へ登ってしまったのだ」 と感じました。そしてK君の死体が浜辺に打ちあげられてあった・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・鶯や四十雀も、白い日光をさ青に煙らせている木の若芽も、ただそれだけでは、もうろうとした心象に過ぎない。俺には惨劇が必要なんだ。その平衡があって、はじめて俺の心象は明確になって来る。俺の心は悪鬼のように憂鬱に渇いている。俺の心に憂鬱が完成する・・・ 梶井基次郎 「桜の樹の下には」
・・・二度とふたたびお逢いできぬだろう心もとなさ、謂わば私のゴルゴタ、訳けば髑髏、ああ、この荒涼の心象風景への明確なる認定が言わせた老いの繰りごと。れいの、「いのち」の、もてあそびではない。すでに神の罰うけて、与えられたる暗たんの命数にしたがい、・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・それにもかかわらず、美しい五彩の簑を纏うた虫の心象だけは今も頭の中に呼び出す事が出来る。ところが、つい近頃私の子供等がやはり祖母にこの話を聞いて私の失敗した経験を繰返していたようである。いったいこの話は事実であろうか。事実であるとしても稀有・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・じつにこれは著者の心象中に、このような状景をもって実在したドリームランドとしての日本岩手県である。そこでは、あらゆることが可能である。人は一瞬にして氷雲の上に飛躍し大循環の風を従えて北に旅することもあれば、赤い花杯の下を行く蟻と語る・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・吾等の心象中微塵ばかりも善の痕跡を発見することができない。この世界に行わるる吾等の善なるものは畢竟根のない木である。吾等の感ずる正義なるものは結局自分に気持がいいというだけの事である。これは斯うでなければいけないとかこれは斯うなればよろしい・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ところが、一方に告白されているような政治的、経済的無識が彼の現実を見る目を支配しているのであるから、ジイドは基本的なところで先ず自己撞着に陥り、観念の中で、心象の中で、把握している新社会の存在が、その本質に於て、違った土台の上に建っている経・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・未来派は心象のテンポに同時性を与える苦心に於て立体的な感覚を触発させ、従って立体派の要素を多分に含み、立体派は例えば川端康成氏の「短篇集」に於けるが如く、プロットの進行に時間観念を忘却させ、より自我の核心を把握して構成派的力学形式をとること・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫