・・・ かつまた当時は塞外の馬の必死に交尾を求めながら、縦横に駈けまわる時期である。して見れば彼の馬の脚がじっとしているのに忍びなかったのも同情に価すると言わなければならぬ。…… この解釈の是非はともかく、半三郎は当日会社にいた時も、舞踏か何・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・蜂は必死に翅を鳴らしながら、無二無三に敵を刺そうとした。花粉はその翅に煽られて、紛々と日の光に舞い上った。が、蜘蛛はどうしても、噛みついた口を離さなかった。 争闘は短かった。 蜂は間もなく翅が利かなくなった。それから脚には痲痺が起っ・・・ 芥川竜之介 「女」
・・・と、気でも違ったかと思うほど、いきなり隠居の掻巻きに縋りついて、「御隠居様、御隠居様。」と、必死の涙声を挙げ始めました。けれども祖母は眼のまわりにかすかな紫の色を止めたまま、やはり身動きもせずに眠っています。と間もなくもう一人の女中が、慌し・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・自然に歯向う必死な争闘の幕は開かれた。 鼻歌も歌わずに、汗を肥料のように畑の土に滴らしながら、農夫は腰を二つに折って地面に噛り付いた。耕馬は首を下げられるだけ下げて、乾き切らない土の中に脚を深く踏みこみながら、絶えず尻尾で虻を追った。し・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・父は冷えたわが子を素肌に押し当て、聞き覚えのおぼつかなき人工呼吸を必死と試みた。少しもしるしはない。見込みのあるものやら無いものやら、ただわくわくするのみである。こういううち、医者はどうして来ないかと叫ぶ。あおむけに寝かして心臓音を聞いてみ・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・ 学校へゆくときも四人はそろって太郎にあったら、必死となって戦う覚悟でありましたから、太郎は、それを見てとってか容易に手出しをいたしませんでした。 こうなると甲・乙・丙・丁らは、まったく自分らが勝ったものと思いました。そして家に帰る・・・ 小川未明 「雪の国と太郎」
・・・ 焼跡らしい、みすぼらしいプラットホームで、一人の若い洋装の女が、おずおずと、しかし必死に白崎のいる窓を敲いた。「窓から乗るんですか」 と、白崎は窓をあけた。「ええ」 彼はほっとしたのだった。どこの窓も、これ以上の混雑を・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・鼻に立ったハマザクラの騎手は鞭を使い出した。必死の力走だが、そのまま逃げ切ってしまえるかどうか。鞭を使わねばならぬところに、あと二百米の無理が感じられる。逃げろ、逃げろ、逃げ切れと、寺田は呶鳴っていた。あと百米。そうれ行け。あッ、三番が追い・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・照井が驚いて馬車から半身乗り出すと、自転車に乗った一枝が必死になってあとを追うて来るのである。 ――という夢みたいなとりとめのない物語を作ってみたのである。 織田作之助 「電報」
・・・…… 処で彼は、今度こそはと、必死になって三四ヵ月も石の下に隠れて見たのだ。がその結果は、やっぱし壁や巌の中へ封じ込められようということになったのだ。…… Kへは気の毒である。けれども彼には何処と云って訪ねる処が無い。でやっぱし、十・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫