・・・ その頃の若い詩人や、また文学に志した者が、親達のすゝめる結婚を忌避して、さかんに自由結婚をしたのは、即ち旧道徳に対する破壊運動に他ならなかった。 しかし、それは、『星菫派』と称せられた如く美しい夢に過ぎなかった。彼等は、後に来る経・・・ 小川未明 「婦人の過去と将来の予期」
・・・ブルジョア社会の道徳はその階級にのみ妥当するもの故これを忌避し、階級闘争をなさねばならぬ。それ以外の社会改良、労資協調的温情はかえって、理想社会の到達を遅らすのみである。エンゲルスはマルクスと、半世を献身的友情をもって共産主義宣伝のために働・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・彼は、本能的に白樺の下へ行くのを忌避していた。「あ、これだ、これだ!」 丘から下って来た看護卒は、老人が歩いて行く方へやって来た。そして、一人が云った。彼等は鮮人に接近すると、汚い伝染病にでも感染するかのように、一間ばかり離れて、珍・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・熊さんを忌避する。が、熊さんは、売買ごとにかけると犬のような鼻を持っていた。どこから、どうして嗅ぎつけて来るのか、必ず、頭を突っこんで口をきいた。 村へは電燈がついた。――電燈をつけることをすゝめに来たのも熊さんだった。 がた/\の・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ 一方科学者のほうではまた、その研究の結果によって得られた科学的の知識からなんらかの人間的な声を聞くことを故意に忌避することがあたかも科学者の純潔と尊厳を維持するゆえんであると考えるような理由のない慣習が行なわれて来た。なるほど物質界の・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・のために省みられず、あるいはかえって忌避されるようなことがありはしないか、こういうことを反省してみる必要はありはしないか。 むしろそういう研究を奨励することが学問の行き詰まりを防ぐ上に有効でありはしないか。 もちろん多くの優秀なる学・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・それらの事情に加えて、文化の擁護、新しいヒューマニズムを提唱しはじめた人々自身が、その心理に、つよいプロレタリア文化・文学の運動忌避の要因をひそめていたから、一つ一つ、曲り角へ出るごとに、この運動には階級性がないこと、プロレタリア文化運動の・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・プロレタリア文学の伝承を忌避したがる一部の人々があるが今日力をつくして拒否すべきものは、文学運動までをああいう目にあわせた兇暴な治安維持法の変形した再登場である。わたしたちが人間として自然にもつ恐怖を主張し、その原因たる悪権力を克服しようと・・・ 宮本百合子 「プロレタリア文学の存在」
・・・そしてかのなつかしくない、軽そうに感ぜさせるからぐるまの語を忌避するのである。 空車はわたくしの往々街上において見るところのものである。この車には定めて名があろう。しかしわたくしは不敏にしてこれを知らない。わたくしの説明によって、さすと・・・ 森鴎外 「空車」
・・・私はこの頃物を書くのに、平俗は忌避せぬが、卑俚には甘んぜない。それは人の平俗だとしている今言で荘重な意味も言いあらわされると思って、今言を尊重すると同時に、今言を使うものが失脚して卑俚に堕ちるに極まっているとは思わぬからである。兎に角私の翻・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
出典:青空文庫