・・・あるべき必然の真理として確認されている。忍従も、労働も、信念の前には意とすべきでない。男女共労、共楽の社会を建設するための犠牲なのだ。自欲のための忍従であり、労働であればこそ不平も起るけれど、真理への道程であると考えた時には、現在の艱苦に打・・・ 小川未明 「婦人の過去と将来の予期」
・・・何故なら深い別れというものは涙を噛みしめ、この生のやむなき事実に忍従したもので、そこには知性も意志も働いた上のことだからである。 人間が合いまた離れるということは人生行路における運命である。そしてこれは心に沁みる切実なことである。世の中・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・彼等の顔には等しく、忍従した上に忍従して屈辱を受けつゞけた人間の沈鬱さが表現されているばかりだ。老人には、泣き出しそうな、哀しげな表情があった。 彼は、朝鮮語は、「オブソ」という言葉だけしか知らなかった。それでは話が出来なかった。「・・・ 黒島伝治 「穴」
くるしさは、忍従の夜。あきらめの朝。この世とは、あきらめの努めか。わびしさの堪えか。わかさ、かくて、日に虫食われゆき、仕合せも、陋巷の内に、見つけし、となむ。 わが歌、声を失い、しばらく東京で無為徒食して、そのうちに、・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・かず枝に、わがままの美徳を教えたのは、とうの嘉七であった、忍従のすまし顔の不純を例証して威張って教えた。 みんなおれにはねかえって来る。 すし屋で少しお酒を呑んだ。嘉七は牡蠣のフライをたのんだ。これが東京での最後のたべものになるのだ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・で素通りして、そうして女房ひとりは取り残され、いつまでも同じ場所で同じ姿でわびしい溜息ばかりついていて、いったい、これはどうなる事なのでしょうか、運を天にゆだね、ただ夫の恋の風の向きの変るのを祈って、忍従していなければならぬ事なのでしょうか・・・ 太宰治 「おさん」
・・・いつでも冷たく忍従して、そのくせ、やるとなったら、世間を顧慮せずやりのける。ああ、おれはそれを頼もしい性格と思ったことさえある! 芋の煮付が上手でね。今は危い。お前さんが殺される。おれの生れてはじめての恋人が殺される。もうこれが、私の生涯で・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・むかしの女は、奴隷とか、自己を無視している虫けらとか、人形とか、悪口言われているけれど、いまの私なんかよりは、ずっとずっと、いい意味の女らしさがあって、心の余裕もあったし、忍従を爽やかにさばいて行けるだけの叡智もあったし、純粋の自己犠牲の美・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・いま、ここで忍従の鎖を断ち切り、それがために、どんな悲惨の地獄に落ちても、私は後悔しないだろう。だめなのだ。もう、これ以上、私は自身を卑屈にできない。自由! そうして、笠井さんは、旅に出た。 なぜ、信州を選んだのか。他に、知らないか・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・――そして、我々がこうやって忍従している現在の生活が、やがてそのうちに奇怪で、不潔で、無智で、滑稽で、事によったら、罪深いもののようにさえ思われるかも知れないのです。――いよいよ、三木だ。へどが出そうだ。」「もし、もし。」水兵服着た女の・・・ 太宰治 「火の鳥」
出典:青空文庫