・・・こういう性質をもって、私の家のような家に長男に生まれた私だから、自分の志す道にも飛躍的に入れず、こう遅れたのであろうと思う。 父は長男たる私に対しては、ことに峻酷な教育をした。小さい時から父の前で膝をくずすことは許されなかった。朝は冬で・・・ 有島武郎 「私の父と母」
・・・そうしてこの結論は、特に実業界などに志す一部の青年の間には、さらにいっそう明晰になっている。曰く、「国家は帝国主義でもって日に増し強大になっていく。誠にけっこうなことだ。だから我々もよろしくその真似をしなければならぬ。正義だの、人道だのとい・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・けれども、志す平泉に着いた時は、幸いに雨はなかった。 そのかわり、俥に寒い風が添ったのである。 ――さて、毛越寺では、運慶の作と称うる仁王尊をはじめ、数ある国宝を巡覧せしめる。「御参詣の方にな、お触らせ申しはいたさんのじゃが、御・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・……この町を離れて、鎮守の宮を抜けますと、いま行こうとする、志す処へ着く筈なのです。 それは、――そこは――自分の口から申兼ねる次第でありますけれども、私の大恩人――いえいえ恩人で、そして、夢にも忘れられない美しい人の侘住居なのでありま・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・……鷁首の船は、その島へ志すのであるから、滝の口は近寄らないで済むのであったが。「乗ろうかね。」 と紫玉はもう褄を巻くように、爪尖を揃えながら、「でも何だか。」「あら、なぜですえ。」「御幣まで立って警戒をした処があっちゃ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・苔に惑い、露に辷って、樹島がやや慌しかったのは、余り身軽に和尚どのが、すぐに先へ立って出られたので、十八九年不沙汰した、塔婆の中の草径を、志す石碑に迷ったからであった。 紫袱紗の輪鉦を片手に、「誰方の墓であらっしゃるかの。」 少・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ ゆえに渠は泰然と威厳を存して、他意なく、懸念なく、悠々としてただ前途のみを志すを得るなりけり。 その靴は霜のいと夜深きに、空谷を鳴らして遠く跫音を送りつつ、行く行く一番町の曲がり角のややこなたまで進みけるとき、右側のとある冠木門の・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・ 行くことおよそ二里ばかり、それから爪先上りのだらだら坂になった、それを一里半、泊を急ぐ旅人の心には、かれこれ三里余も来たらうと思うと、ようやく小川の温泉に着きましてございまする。 志す旅籠屋は、尋ねると直ぐに知れた、有名なもので、・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 一帆がその住居へ志すには、上野へ乗って、須田町あたりで乗換えなければならなかったに、つい本町の角をあれなり曲って、浅草橋へ出ても、まだうかうか。 もっとも、わざととはなしに、一帳場ごとに気を注けたが、女の下りた様子はない。 で・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・ 清澄山を追われた日蓮は、まず報恩の初めと、父母を法華経に帰せしめて、父を妙日、母を妙蓮と法号を付し、いよいよかねて志す鎌倉へと伝道へと伝道の途に上った。 四 時と法の相応 日蓮の行動の予言者なる性格はそのと・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
出典:青空文庫