・・・私がGの絃で話せば、マリアナはEの絃で答える。絃の音が、断えては続き続いては消える時に、二人は立止まる。そして、じっと眼を見交わす。二人の眼には、露の玉が光っている。 二人はまた歩き出す。絃の音は、前よりも高くふるえて、やがて咽ぶように・・・ 寺田寅彦 「秋の歌」
・・・或日わたくしに向って、何やら仔細らしく、真実子供がないのかと質問するので、わたくしは、出来るはずがないから確にないと答えると、「それはあなたの方で一人でそう思っていられるのじゃないですか。あなた自身も知らないというような落胤があって、世に生・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・と例の髯が無造作に答える。「どうして?」「わしのはこうじゃ」と語り出そうとする時、蚊遣火が消えて、暗きに潜めるがつと出でて頸筋にあたりをちくと刺す。「灰が湿っているのか知らん」と女が蚊遣筒を引き寄せて蓋をとると、赤い絹糸で括りつけた蚊遣・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・ 私は窓から、外を眺めて絶えず声帯の運動をやっていた。それは震動が止んでから三時間も経った午後の三時頃であった。 ――オイ――と、扉の方から呼ぶ。 ――何だ! 私は答える。 ――暴れちゃいかんじゃないか。 ――馬鹿野郎! 暴・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・offin is made so meet.” 其意は、女の方が、私はお前の所へ行き度いが、お前の枕元か足元か、又は傍らの方に、私がはいこむ程の隙があるかというて、問うた所が、男の方即ち幽霊が答えるには、わたしの枕元にも、足元にも、・・・ 正岡子規 「死後」
・・・この子が何か答えるときは学者のアラムハラドはどこか非常に遠くの方の凍ったように寂かな蒼黒い空を感ずるのでした。それでもアラムハラドはそんなに偉い学者でしたからえこひいきなどはしませんでした。 アラムハラドの塾は街のはずれの楊の林の中にあ・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・当選しようとすれば、アメリカ人民の要求を理解し、それに応える決心をしなければならないということについて、トルーマンがデューイよりも分別をもっていたからであった。ことばをかえていえば、アメリカの分別ある人々が、自分たちの要求をはっきり示すこと・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・最も窮したのは、寒山が文殊で拾得は普賢だと言ったために、文殊だの普賢だののことを問われ、それをどうかこうか答えるとまたその文殊が寒山で、普賢が拾得だというのがわからぬと言われたときである。私はとうとう宮崎虎之助さんのことを話した。宮崎さんは・・・ 森鴎外 「寒山拾得縁起」
・・・私が何をしていくかという質問を出された前では、ただ自分は爆けていき、はみ出して行きたいと望んでいると答えるより、今のところ答弁は見つかりそうもない。 横光利一 「作家の生活」
・・・哲学者はこの世界が元子の離合集散に過ぎないこと、現世の享楽の前には何の恐るべきものもないことなどを答える。パウロはますます熱して永生の存在を立証する彼自身の体験について語り始める。物見高いアテネ人は――「ただ新しきことを告げあるいは聞くこと・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫