・・・ 隣部屋で縫物をしていた妻が、あとで出て来て、私の応対の仕方の拙劣を笑い、商人には、うんと金のある振りを見せなければ、すぐ、あんなにばかにするものだ、四円が痛かったなど、下品なことは、これから、おっしゃらないように、と言った。・・・ 太宰治 「市井喧争」
・・・シャッチョコ張って、御不浄の戸を閉めるのにも気をつけて、口をきゅっと引きしめ、伏眼で廊下を歩き、郵便屋さんにもいい笑い声を使ってしとやかに応対するのですけれど、あたしは、やっぱり、だめなの。朝御飯のおいしそうな食卓を見ると、もうすっかりあの・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・気軽な応対だった。 節子は、ドアの外に立ったまま、「風間さん、私たちをお助け下さい。」あさましいまでに、祈りの表情になっていた。 風間は興覚めた。よそうと思った。 さらに一人。杉浦透馬。これは勝治にとって、最も苦手の友人だっ・・・ 太宰治 「花火」
・・・僕は、ほとんど、どんな女にでも、いい加減な挨拶で応対して、また、それでちょうどいいのだが、あなたにだけは、それができない。あなたは、わかるからだ。油断ならない。なぜだろう。そんな例外は、ない筈なんだ。」「いいえ。女は、」すすめられて茶呑・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・要するに二人の間は、年長者の監督のもとに立つある少女と、まだ修業ちゅうの身分を自覚するある青年とが一種の社会的な事情から、互いと顔を見合わせて、礼儀にもとらないだけの応対をするにすぎなかった。 だから自分は驚いたのである。重吉があがらず・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・即ち我が精神を自信自重の高処に進めたるものにして、精神一度び定まるときは、その働きはただ人倫の区域のみに止まらず、発しては社会交際の運動となり、言語応対の風采となり、浩然の気外に溢れて、身外の万物恐るるに足るものなし。談笑洒落・進退自由にし・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・それは大学を卒業した頃から、西洋へ立つ時までの、何か物を案じていて、好い加減に人に応対していると云うような、沈黙勝な会話振が、定めてすっかり直って帰ったことと思っていたのに、帰った今もやはり立つ前と同じように思われたのである。 新橋へ著・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・た事、夜になって床に入ってから、出願を思い立った事、妹まつに打ち明けて勧誘した事、自分で願書を書いた事、長太郎が目をさましたので同行を許し、奉行所の町名を聞いてから、案内をさせた事、奉行所に来て門番と応対し、次いで詰衆の与力に願書の取次を頼・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・ 庄兵衛は自分が突然問いを発した動機を明かして、役目を離れた応対を求める言いわけをしなくてはならぬように感じた。そこでこう言った。「いや。別にわけがあって聞いたのではない。実はな、おれはさっきからお前の島へゆく心持ちが聞いてみたかったの・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・石田はこんな日には、朝から夏衣袴を着て応対する。 客は大抵同じような事を言って帰る。今年は暑が去年より軽いようだ。小倉は人気が悪くて、物価が高い。殊に屋賃をはじめ、将校の階級によって価が違うのは不都合である。休暇を貰っても、こんな土地で・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫